クラリネットと口紅

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 次の日からあたしは新しいクラリネットを買うためにお手伝いを始めたわ。お皿洗いとか、洗濯物たたみとか、お買い物とか、お母さんに任されるお手伝いが中心だった。そしたらお買い物をしているときに、クラリネットのおばさんに会ったの。あたし、気まずくて、挨拶だけして逃げようとしたのよ。クラリネットを壊したとき、おばさんも厳しくあたしを叱ったんだけれど、怒りだす一瞬前にすごく傷ついた表情をしていたのが妙に頭に焼きついてて、繰り返し思い出しちゃってたのよ。そうしたらおばさんがあたしを引き留めたの。おそるおそるあたしは振り返ったわ。 「今度、おばさんの家のお手伝いもしてくれるかしら?」  そう言ってくれた時のおばさんの優しい顔を見て、あたしはやっぱりおばさんが好きなんだ、って思えた。  そうやってお母さんやおばさんのお手伝いをしていたら、どんどん近所の人があたしに声をかけてくれるようになったの。いつの間にか音楽村の便利屋さん、なんてあだ名がつけられてた。赤い塗装がはげかけたランプをぶら下げて、あたしは音楽村を歩き回ってお手伝いに励んだの。  星空の下、あたしは街を歩き回って色々な音楽を耳にしたわ。アコーディオンのおどけたメロディーが聞こえたと思うと、ヴァイオリンとハープが雨音を再現していたり、ハンドベルが流星の囁きみたいに不思議な音を辺りに響かせていたり。家の傍を通るたびに一つの音楽が始まって、通り抜けるとまた別の音楽が聞こえ始めるなんて経験、したことないでしょう?
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