ある日

10/12
前へ
/12ページ
次へ
「違う、違うよ。きっと違う」 昔の私は左手でゴシゴシと涙を拭きつつ、小さく零した。 「そういうことじゃないよ、おかしいよ」 「?」 涙が邪魔をして途切れ途切れだが、必死に何かを伝えようとしている。 私は黙って、待っている。 「…っ。あなたは何も、してないんだよ」 「…何もって?」 「作家になる為の行動…。諦める理由ばっかり言ってる。…応募したりしなかったの?」 急に心がヒヤッとした。行動?そんなことしたって。 「作った作品が良いか悪いか、誰かに見てもらったの?それで諦めるならまだ分かるよ。でも、あなたは…そうじゃない」 「見てもらうって言ったって、分かり切っているのに」 「何が分かり切ってるの!?もしかしたら物凄いものが書けているかも知れない。その可能性があるかもしれない。それを信じて書くしか…ないんじゃないの」 涙を拭きながらも強い口調で訴えかけてくる。でもそう簡単には、聞き入れられない。もうそんなこと言っていられないんだ。大人なんだから。 「でもそれはあってもほんのわずかな可能性なんだよ。それに賭けるのは危険なことなんだよ」 「じゃあなんで、そうだっていうんなら『やりたいことが無い』って言うの?」 「……」 「諦めきれていないんじゃないの?本当は…。無理に、今私にしているように、諦めさせようとしているだけなんじゃないの」 「……違うよ、違う」 きっと、会社調べをまともに行なっていないだけ。調べれば何か見つかる。だって周りの皆はそうしてる。 「もういやだよ、なんでこんな、こんな未来なら知りたくなかった!こんな…ヘラヘラ笑ってつまらないことばっかり言う人に、自分がなっているなんて……」 感情が抑えきれず、昔の私は両手で顔を覆った。丸くなった背中を見て、さっきまで頼もしく思えたのに、小さくて震えている、か細い存在に思えた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加