ある日

8/12
前へ
/12ページ
次へ
不安が入り混じった、でもしっかりとした声で静かに問う。もうなんとなく、気づいているのだろう。言葉にすべきではないのかもしれない。でも、そうか。気づかせた方が未来の為…? 「叶わないよ。もうノートも書いてないし持ってもいない」 自分でも不思議なくらい、冷静に言えた。 「…なんで?」 昔の私は少しムッとした。 「まだ21歳でしょ、いくつになっても目指せばいいじゃん。なんで捨てるの?」 「捨てられたのよ」 吐き捨てるように淡々と事実を言う。こうなったらもうすべて、言ってしまえ。 「中学生になって文芸部に入った。毎日楽しかった。物凄く上手な同級生とか先輩とかいて、励まされてどんどん、書いていこうと思った。でも家に帰ったら、捨てられてたの」 「誰に」 「お母さんに。その時喧嘩してたんだよ。理由はもう忘れたけど。『勉強もしないでこんなの書いて』って」 「……っ」 「ゴミ箱を見たけど、ノートは全部ビリビリだった。他のノートも、別の場所に置いてあったのにわざわざ見つけて、捨ててあったよ」 「ひどい…」 声に怒気が籠っている。左手に力が入ってきている。服が伸びちゃうな。 「でもさ、確かにテストの点は悪かったんだよ。それに部活内で私は、良いもの書けてるとは思えなかったからさ。……しょうがなかったのかもしれない」 「なにが!!?」 あははと小さく苦笑いをする私に、昔の私は怒りを抑えきれず叫んだ。 「なんで笑うの!?何もおかしいことはないじゃん!!大切なものを捨てられて、なんで怒らないの!?」 「怒って何か意味があると思う?あのお母さんだよ。言っても無駄だよ」 「だからって…なんで。なんでそうなっちゃうの」 「捨てられた時はショックだったよ。ただただ、怒りを通り越して何も感じなかった。悲しかったんだと思う。それで…そうか、見たくもなくなってきたのかもしれない」 「でも、また書けばいいじゃん!お母さんにとやかく言われないようにして、こっそり書けばいいんじゃないの!?」 「…この感覚は分かって欲しくないな。もうホント、ポッカリと穴があいたんだよ。それに、さ。もし万が一が自分にあるとは思えないなって。夢が叶うのはほんの一部の人なんだろうなって」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加