帰郷

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 その後ろ姿はやや白髪混じりで、染めもしない潔さが逆に心地よい。 「おかわりはいくらでもしてえいかいね」  スプーンを渡しながら、母は分かり切ったことを言う。 「カレーなんだから、しないとかいう失礼な真似は絶対にしないんで。いただきます」 「そうや、お母さんがせっかく作ったかいね」 「うん」いいえ違います。いくらレトルトでも、カレーに失礼だと言いました。  昔と同じ揚げ足取りを繰り返す。だが、この久しぶりの感覚はどうも居心地が悪かった。仲裁に入るはずの父親がいないためもあるだろうか。父は、私が家を出る直前に亡くなっている。 「ごちそうさま」  数年ぶりの、顔が見える人の作ったご飯。そして好物のカレー。懐かしさとともに、複雑な感情がこみ上げた。 「ああ、流しに全部置いちょって」 「分かった」  ステンレスのシンクが、ガチャンと重みのある音を立てた。 「なあ、香夏子。あの子ぉは覚えちょう?」 「え、誰?」  恐らく冬も仕舞われなかったであろう、埃をかぶった扇風機をつける。カレーで火照った体に調度良い。 埒が明かないので、あの、その、と言う母の曖昧な記憶を問い詰めていくと、やっと母は名前を思い出した。 「ほらぁ、村田さんとこの…響介くん」 「ああ」  幼馴染の名前に、先ほどこみ上げた複雑な感情が行き場を失くした。ダイレクトすぎるその名前。 「今、面白い仕事しちょっとよ」 「へぇー」  仕事。仕事。仕事。誰から見ても職なしの私にはきつい言葉だ。母の仕事を見つけてやりたいという気持ちは痛いほどわかるが、できれば言わないでほしかった。自分の惨めさが浮き彫りになる。 「JRに真幸駅ってあるっちゃろ、あの駅の入場券配る仕事しちょっとよ」 「…それはどんな収益が?」  意味が分からない。 「あー、それは聞いたことなかったわ、やから面白いと思っちゃけど」 「ああ」  NGOか、何か、ということだろうか。何のために響介がそんな仕事をしているのか、興味が湧いた。幼いころの響介の記憶しかない私に、今の姿は想像さえもしようがなかった。 「とりあえずバイト先探してくる」  翌日、私は朝一番に靴を履いた。 「そんなん言うても、すぐに見つかるとね」 「チェーン店のバイトぐらい、履歴書持ってけばなんとかなるの。行ってきます」
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