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 「本当とは思えないことなんて、案外起こったりするのね」  「……それは、きみの、」  「そうじゃないってば。本当にあなたって人は察するのが下手だね」  「そうだね。僕はいつも君を怒らせてばかりだ」  「それじゃ私がかかあ天下みたいじゃない。私との暮らしをそう思ってたの?」  「きみの方が発言権が強いのは確かだよ」  それから、テレビのチャンネルを変える権利も、朝さきにトイレに行く権利も。夫がそう付け加えるのを妻は楽しそうに聞き、「まあそうだね」と概ねの同意を貰った。  「だってさらわれてあげたんだし?自分が駆け落ちするなんて思ってもみなかったよ」 「……僕も、自分が恋をするなんて思ってなかったよ」 彼がそう言うと、妻は笑って 「いい女は罪だね」 と言った。そして腕を引っ込め、彼を近くへ引き寄せると反対側の手を彼の両目の上にかぶせて視界を奪った。 「目を閉じて、私の言うことを聞いて」  睦言のような声音で妻が言うのに為すがまま彼は彼女の言葉を聞いた。 「これからどんなことが起こっても、私はあなたを愛してるわ。それだけは疑わないで」 彼女の手が離れてゆくのに合わせて目を開けると、ゆっくりと花びらが彼女の手のうちから零れおちた。 「もう悲しくなんてないでしょ」 と彼女は言ったのに、べつに彼は悲しみの涙を浮かべたのではなかったけれどそれは言わずにいた。いつか彼女の言ったことが本当になる気がしたからだ。
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