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 「いっときの悲しみや辛さに負けてはだめだよ。君はお義父さんとお義母さんとの時間を大切にしなきゃ。僕は明日、また来るから」  妻のか細い手が彼の腕からすり抜けていくとき、それは傷ついた鳥が最後の飛行を諦めたようにふわりと白いベッドの上に着地した。  本当は、彼は明日が来ることが怖くてたまらなかった。明日、また彼はあの両親の非難と誹謗に満ちた黒い目に向き合わなければならない。それにより彼は傷つき、痛み、その血を残らず拭い去り傷を隠して妻に微笑まなければならない。そして彼はかつての面影からすっかり変わってしまったのにそれでも刻一刻と病魔が彼女を少しずつ奪っていくのをこの目に焼き付けなければならない。そう思うと妻の気持ちを裏切ってこれが最後の日であってくれればと願い、そう願った自分の矮小さ、卑怯さに叫び出したくなった。二人が幸福で健康だった頃のことを幻想し、そういう日々がこれかもずっと離れずに傍にあることを信じていた愚かさを呪った。彼は妻が死ぬことが怖かったのではなかった、妻がいない日々を過ごさなければならないこと、それが現実としてひたひたと迫ってくることを何より彼は恐れた。妻はだんだん彼から遠ざかり、やがてその距離は世界を隔てて彼らは別離の道をゆく。彼は魂を妻に預けた。自分も妻の魂を与っている。妻を失うことはその両方を失うことだ。畢竟、彼はその任務に失敗したのだ。いったいどうやって妻なしで生きてゆけばいいのか彼には皆目見当がつかなかった。
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