テスタメント

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 僕は遺書を手にしたまま、彼のことを思い出していた。  するとその時、彼のことを考えていた僕の脳裏に、彼の後ろにあった黒い影のことが思い出されていた。  冷たくて、無慈悲で、どこまでも暗い……それは一般に“死”と形容される概念の一つだった。  バーで話をした時、彼は常に僕の目を見ていたのだ。  それ自体は普通のコミュニケーションの範疇だが、彼は更にその奥を覗き込んでいたように思えた。  ジェットの宝石のように深淵な彼の瞳が、僕の目の奥にある脳味噌の隅々までを見通しているようだった。  ビートルズの曲が流れる中、僕はそこに、人ならざるものの存在を感じずにはいられなかった。  彼の死を聞いてから、どうして今まで思い出さなかったのだろう、と僕は思った。  当時、しばらくはそのことが気になって仕方がなかったはずなのだ。  ……僕が彼と単純に仲を深めていかなかったのだって、それが原因だったのに。
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