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僕は近寄って、擬態していた小さな正方形の箱を取り上げた。
埃を丁寧に手で払うと、僕の手にはまだ新しい木の箱が現れた。
箱は中央で二つに割れ、側面には金色のネジが露出していた。
それはオルゴールだった。
自分の心臓の鼓動が聞こえる。
彼だ。この箱は彼が遺したものだ。
僕はそのオルゴールの箱を手にしたまま立ちすくんだ。
まるで自分がパンドラの箱でも手にしているような気分になった。
彼の遺書を広げた時と同じだ。
ネジを回そうと頭では考えていたが、今度は身体がどうしても動かなかった。
なぜだ?
僕はこれを求めて、わざわざこんなところまでやってきたのだ。
なのに、それを前にして何を怯える必要があるのだ?
僕はずいぶん長い間葛藤していた。
時間は測っていなかったし、太陽もまだ高い位置にあった。
でも僕は明らかに、現実に進む時間以上に迷い続けていた。
僕は、現実から離れつつある……。
そう考えた途端、急にすべてがどうでもよく思えてきた。
危険を冒して現実に戻る必要も、現実に戻って苦労する必要もない。
他人の世界で肩身の狭い思いをして生きるよりも、自分の世界でのびのびと暮らしている方が楽じゃないか。
それは確かな真実だった。真実が僕の前に現れたのだ。
僕は憑き物が落ちたようにすっきりとした気分になった。
オルゴールのネジを回すことに何の抵抗も持たなくなった。
僕は少しハイになって、キリキリとネジを回した。
手ごたえが無くなるまできつく、きつく。
これ以上は壊れるな、というところまで回したところで僕は手を離した。
オルゴールはジーと音を立てながら、聞き覚えのある音を奏で始めた。
それは、彼が一番好きだった曲だった。
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