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「彼は、どうして死ぬ前に髪なんて切ったんだろうね? これから死ぬんなら、わざわざ金を払って髪を切る必要なんてないだろうに」
しかしあるタイミングで背の低い刑事が口にした言葉がきっかけで、僕の我慢は限界を迎えた。
「知りませんよ。人が自殺をする前に何を考えるかなんて、誰も知らないでしょうが。自由に髪も切れないんですか、僕たちは」
聞き込みにしたって、あまりにも下らなさ過ぎる。
僕は語気を荒げながら、薄く開けたドアを閉めようとした。
だけどドアの隙間には背の高い方の刑事がきちんと足を挟んでいて、二人の顔を目の前から消すことは出来なかった。
「怒らせて悪かったよ」
背の高い方の刑事が謝った。それまでずっと喋っていた背の低い方の刑事は、背の高い刑事と位置を交代して僕の前に立ちふさがった。
背の低い刑事は、背の高い刑事の影に隠れて姿が見えなくなってしまった。
「十中八九、自殺だとは分かっているんだ。誰かに殺されるにしたって、恨みを買うほどの交友関係も無い。猫のエサが散らばっていたことを除けば、部屋だって荒らされていない。全くの赤の他人を殺す物好きは、実際にはほとんどいない」
背の高い刑事は、相方と比べるととてもインテリジェンスな喋り方をした。
まるで学級委員が皆に連絡事項を伝えるような感じがした。
「でもね、事件の可能性が少しでもあるんなら……俺たちは、捜査をしなくちゃいけないんだ。髪を切ったのは、まだ死ぬつもりなんてなかったんじゃないか? どうして自殺に使わないロープを買ったんだ? まだ謎は謎として残されている。可能性は、結果じゃないんだ」
二人の刑事は、僕に連絡先を伝えて帰っていった。何か思い当たることがあったら、連絡をくれと言っていた。
でもあの二人の刑事だって、誰の目に見ても明らかに自殺だと分かる彼の死をいつまでも追い続けるわけがない。
連絡をしなければしないで、僕のことだって忘れてしまうだろう。
刑事が帰ってしまうと、何だか部屋の静けさが一段階増したような気持ちになった。
壁掛けの時計が秒針を刻む音、風呂場の換気扇が回る音、冷蔵庫が低く唸る音……いろんな音が、肥大化した存在感を外に向けて放出していた。
僕は死んでしまった彼のことを思い出しながら、もう一度寝ることにした。
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