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しばらくして玄関が開き、彼のお母さんが僕を出迎えた。
大きな家の割には普通の身なりをしているなと思ったが、息子が死んでいるのだ。お洒落をしている場合じゃない。
僕はお母さんに案内されて、リビングの端の棚に置かれていた彼の骨壷と対面することになった。
脇には位牌や、彼の好きだったアナログレコード――ビーチ・ボーイズの「サーフズ・アップ」――が置かれていた。
その一方で、彼の写真はどこにも置かれていなかった。
「写真の嫌いな子だったんです」
お母さんは僕の挙動を察してか、独り言のように言った。
僕も写真に写るのは苦手だったから、きっと彼もそうだったのだろう……と想像するのは簡単だった。
しかし、おかげで僕は「サーフズ・アップ」のジャケットに対して手を合わせることになった。
馬に跨る、頭を垂れたインディアン。
それは遺影というにはあまりにもアーティスティックに過ぎた。
彼の冥福を祈ってしまうと、僕がやるべきことは何も無くなってしまった。
彼の遺骨を前にしても、僕は悲しい気持ちを感じることが出来なかったし、依然として焦りは消えなかった。
僕が落胆しながら帰ろうとすると、お母さんが僕の名前を再び聞いた。
なので僕は改めて名乗り、漢字の説明もした。
するとお母さんは、サーフズ・アップのジャケットの中から一通の封筒を取り出した。
茶色で中が透けて見える、いたって普通の便箋だ。
お母さんが見せたその封筒の宛先には、紛れもない僕の名前が書かれていた。
「あの子の部屋にあったんです。家族宛の遺書と、お友達のあなた宛の遺書の二通」
家のどこかから、彼が死ぬまで飼っていた猫の鳴き声が聞こえてきた。
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