第1章

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「君と一緒に住んだら、ぼくは自分のオメガって存在に負けることになる」 オメガじゃなかったらこの男と知り合いになることはなかっただろう。ならそれは僕自身の力じゃなくて、オメガの力だ。ぼくはその力に頼って生きていく気はなかった。 「オメガなんて最悪な存在だよ。どんなに人生がうまくいっても、結局結婚して子供を生む以上に最高な人生はオメガに用意されてないんだもん。人から嫌なことはされるし、仕事もないし、結婚を強要される。できなかったらスラム街の生き物にされて、できたらこれであなたも立派なオメガだねって拍手されるだけ。……オメガに生まれたくなかったなって思うよ」 パイに乗せられたクリームはどんどん量を増やしていく。皿に溢れんばかりになったそれをぼくは次々に彼へ投げた。少しも怒らないのが余計に癪に障った。 「……そんなことない。実際お前は楽しくこの街で生きてるじゃないか。自分の一部を否定するな」 「アレクに何がわかるんだよ。苦労しないで生きてきたアルファのくせに」 一番大きなクリームパイを投げつけた。一体何様のつもりで言ってるんだって自分自身に呆れ返った。でもこの人が悪いんだ。パイを投げられるのがわかってて近づいてくるんだから。 ぼくのあまりの言い草に、彼は苦笑いした。 「不機嫌なお姫様だ」 「もともとこういう人間だよ。オメガも嫌いだけどアルファはもっと嫌いなの!」 彼の肩を突き飛ばしたけれど、彼はちっとも揺らがなかった。それどころかぼくをすっぽり腕の中にいれて、濡れた髪の毛をくしゃくしゃに撫でた。 「離してよ!」 「よし、寒いから帰ろう」 まるでじゃがいもが入ったジュートみたいに、ぼくを肩に抱え上げてしまった。じたばたと手足を暴れさせたけれどぼくの身長では地面に届くはずもない。ぼくたちのあとをついてきていた車のドアが開けられた。 「やだよ! 離せよっ! 降ろせっ!」 彼の肩や腕を叩いたけど、寒さで身体が強張ってうまく腕が動かなかった。たとえ動いていたとしても彼とぼくの体格差では結果変わらなかっただろう。彼はたやすくぼくを車に押し込んで、ドアを閉めてしまった。窓の景色を動き始めたのを見て、ぼくは思い切り彼を睨みつけた。 「……この、バカッ!!」 ぼくが怒ってるのに、彼は笑うだけだ。ますますムキになって、彼の身体を叩いた。でも罵れば罵るほど、彼は嬉しそうに笑った。
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