ヒガンバナの祈り

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「お役目を果たしておいで」  生まれながらに負った宿命の不憫さから新十郎を一際かわいがっていた母は、肩を抱き涙ながらに言ったが、子だくさん一家の大黒柱という立場からだろうか、食い扶持が一人分浮くと思っているのか知らないが、父は特になんの感慨もないらしかった。  そんな両親、悼み憐れむきょうだいたちに最期の別れを告げ、新十郎は迎えの牛車へと乗り込んだのであった。  白い二頭の牛が車を引く。両脇には笠をかぶり錫杖を持った僧侶が二人、牛を操る者や大勢の護衛の武士とは別に、ともに歩みを進めている。これを見ると、自分は本当に生贄になるのだと実感されて、新十郎はため息をついた。  牛鬼に対する恐怖はない。そもそも「喰う」というのが漠然としすぎていて、どう恐れればいいのかわからない。ただ、痛くないといいなどと思っている。刀も持たぬ今、いや持っていたとしてもだ、抵抗して戦うような度胸もないし、今の新十郎の望みは「無痛で喰われること」であった。それに、もしかしたら牛鬼などは実在せず、単なる口減らしかもしれない。なんらかの、村での見せしめかもしれない。どちらにせよただ、死にゆくだけだ。十五年前に生まれたのが運の尽きだった、と新十郎は思う。十五年……物心ついてから本当に短い間だったな、と。  牛車は山の麓で止まり、ここからは徒歩でゆけと護衛の武士でいちばん身分の高そうな男が言った。 「どこへ向かえば?」  新十郎が尋ねると、二人の僧侶は同時に錫杖を彼方に向け、『西の方角』と告げた。新十郎は仕方なく、ひとり山へと分け入り、西の方角をめざしたのであった。そしてだいぶ奥深くまで進んだとき、声が聞こえたのだ。 「待っていた。待っていたぞ」
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