ヒガンバナの祈り

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 それは地面から湧き上がってきたかのような、身体の芯を震わす地鳴りのような声で、すぐに妖怪のものであると知れた。新十郎は声のしたほうを振り返る。 「こっち来い。こっちへ来い」  これが牛鬼か、と新十郎は思った。新十郎の背後には、顔が鬼、身体が牛のような姿をした妖怪が立っていた。新十郎は妖怪が人語を喋ったことに驚いたが、鬼の顔の口角を上げ舌なめずりした牛鬼は、そんなことは気にも留めぬ様子であった。 「着いて来い、着いて来いよ」  牛鬼が新十郎を連れてきたのは、山の中でも特別陽当たりの悪い、じめじめとした場所であった。背の高い木々の先端が一か所に集まり、そのために木陰となった円形をした場所が、牛鬼の寝床らしかった。木々の根元には初めて目にするようなきのこが生えており、落ち葉はどことなく湿っぽく、新十郎の草履で踏んでもカサカサと音を立てることもなかった。  牛鬼は木の根元からなにかぼろ布を咥え持ってくると、円形をした棲み家の真ん中に何枚かそれを敷いた。 「さあ座れ、ここへ座れ」  言いながら牛鬼は、自分もその身をぼろ布の上に横たえた。何故妖怪がぼろ布など持っているのだろうかと思い、新十郎はある答えにあっと息をのんだ。これらは、これまでに生贄となった者たちの着物なのであろう。 「座れ、座らぬか」  新十郎が固まっていると牛鬼が催促してくる。少しでも生き延びたいと思い、新十郎は恐れつつもぼろ着物の上に正座をした。
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