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「いらぬか、いらぬのか。最期の晩飯喰わずともよいものか」
たき火が火の粉を散らす。たき火の中では野兎の肉が香ばしい匂いを漂わせていた。
「いらないよ!」
牛鬼はやけになった新十郎の一言に一瞬怯んだ様子である。
「お前が喰えばいいじゃないか。お前は野兎じゃ我慢できないのか? なぜ人を喰う。お前ら妖怪からすれば、人間など塵芥のようにごろごろといるものかもしれない。けれどこっちは違うんだ。家族や村なんかを作って、友を持ったりなんかして、繋がって生きているんだ。お前ら妖怪とは違うんだ」
「友とは? 友とはなにか?」
どうやら初めて聞いた言葉らしく、牛鬼は鬼の顔を傾げて聞き返した。
「喰いたくねぇ相手のことさ」
新十郎は吐き捨てるように言った。
「わしはヒトを、ヒトを喰わねば生きてゆかれぬ」
「そうか」
新十郎は無機質な声で返す。
「ならば喰えばよかろう。おれはそのためにここにいるんだからな」
「喰えという、喰えというのか」
牛鬼は唸った。
「お前は初めてわしとまともに喋ったヒトだ、喋ったヒトぞ」
それでも俺を喰うんだろう、と最早怖れを忘れた新十郎は言った。
「喰うか、喰うのか。わしはお前を、喰うか、喰うのか」
何故か逡巡し始めた牛鬼を前に、新十郎は逃げられるのではないかと閃いた。もしかしたら、あるいは、うまくいけば。
熟考する暇はなかった。新十郎は本能の命ずるままに立ち上がると駆けだした。途端に怖くなった。言葉は通じたもののやはり妖怪は妖怪、逃げ出した以上追いかけてきて、それから喰ってしまうだろう。
「どこどこどこへ、どこへゆく」
慌てたような牛鬼の声が追ってくる。
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