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「待っていた。待っていたぞ」
それは地面から湧き上がってきたかのような、身体の芯を震わす地鳴りのような声で、すぐに妖怪のものであると知れた。新十郎は声のしたほうを振り返る。
「こっち来い。こっちへ来い」
これが牛鬼か、と新十郎は思った。新十郎の背後には、顔が鬼、身体が牛のような姿をした妖怪が立っていた。
牛鬼はしばらく黙っていたが、ゆっくりと鬼の口を開いた。
「……わしは友、友がほしい。お前、ならぬか、ならぬか友に」
新十郎は目を見開いた。聞いていた話と違う。おれはこの妖怪に喰われるのではないのか?それとも、おれを欺く鬼謀かなにかか?
「なぁ頼む、頼む」
牛鬼は続けた。
「──新十郎、新十郎よ」
おれと牛鬼はたき火を囲んで座っていた。牛鬼は湿っぽい枯葉の上に直接身を横たえ、おれは羽織りを一枚脱いで敷き、その上に座った。
おれたちの中央でたき火が火の粉を散らす。たき火の中では野兎の肉が香ばしい匂いを漂わせていた。
「友、か」
おれは言う。
「そりゃ、会う人間会う人間喰っちまうんだから、いなくても仕方ねぇってもんだろう」
違う、と牛鬼は首を横に振った。
「みな、一様にわしを恐れる……女であればなおのこと。話などできようはずもない。立ち向かって来る者もあった。話などできようはずもない」
「では生贄をとるのをやめればよい」
牛鬼は更に首を横に振る。
「それではわしは死んでしまう。わしは本来、村に出向いて人やら家畜やらを喰う妖怪。ヒトを、ヒトを喰いとうなくて、家畜を喰っておったら恐れられ、追われた」
ぽつり、ぽつりと牛鬼は語る。頭は鬼、身体は牛に似たこの妖怪は、その外見は非常におそろしくあったものの、そう悪い奴ではないようにも思われた。
「またあるとき、生贄に家畜をくれと、ヒトには手を出さぬからと、頼みに行ったが、頼みに行ったが、やはり恐れられ、追われた」
二人の間に静寂が下りる。
「こんなにヒトと喋ったのは初めてだ」
感慨深そうに牛鬼は言った。
おれも、この妖怪が人語を操ることに慣れてきていた。恐怖が薄らいできていた。
「しかし、気になることがある。何故お前は、おれの名を知っていたのだ?」
おれはここまで一人で来た。おれの名を呼ぶものなどなかったはずだ。
牛鬼は少し黙っていたが、「二回目だ」と答えた。
「二回目だ、二回目だから、知っている」
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