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もう耐えられぬ。ある日牛鬼は呻いた。
「腹が減った。腹が減った。新十郎、家畜をつれてきてくれぬものか」
新十郎は泣いた。
新十郎と牛鬼が出会ってもう一年が経とうとしている。
新十郎は、山の中で兎などを罠にかけ、喰って生きてきた。出会った日に、牛鬼がそうしていたように。自分をなかなか喰おうとしないこの妖怪に、一縷の希望を抱いたのだ。しかし牛鬼は妖怪の性か、やはり人を喰わねば生きていかれぬようだった。
「新十郎。家畜を」
それでも牛鬼は、人はおろか目の前の新十郎さえ、喰おうとはしなかった。
牛鬼はもう目を開くこともできない。四肢も既にない。牛鬼は、己の手足を喰ってここ数日を生きてきた。そしてなおも、人ではなく家畜を求めている。
涙を拭うことができなかった。いつしか新十郎は牛鬼の友となっていたのだ。
「よし、今連れてきたぞ、今連れてきたぞ」
言いながら新十郎は、牛鬼の口をこじ開けた。妖怪だけあって、牙の鋭さだけは変わらない。
「いま、口に入れてやるからな、残さず喰うといいぞ。残してはいかぬぞ。一口で骨を割るのだぞ。わかったな」
わかった、と牛鬼は弱々しく呟く。
新十郎は牛鬼の口に、勢いよく頭を突っ込んだ。バリバリと、牛鬼はそうとはしらず新十郎の額を割った。
「あたたかい。血だ、血だ、家畜の血だ。何年ぶりか、この血肉」
牛鬼の嬉しそうな声が聞こえる。よかったな、と最期に呟き、新十郎は息絶えた。
うまかった。そう言ったとき、必ず言葉を返してくれる新十郎の返事がなかった。近くを探ろうにも、手足のない牛鬼にそれはできず、探すための目も開かない。ただ、匂いが──新十郎の匂いが──自分の胃袋の中にあることを感じ取った。
「ああ……」
牛鬼は呻いた。
「友よ、友よ新十郎よ!」
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