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私はどうしたらいいのかわからなくて、でも急にその場を離れがたくなってしまって、黙って立ち尽くした。しばらくの沈黙の後、ロボットは小川を指して、言った。
『ご覧、春の魚が泳いでいる』
私はその言葉の意図が一瞬わからずにきょとんとした後、じっとこちらを見ているロボットの静かな視線になんだかまた気恥ずかしくなって、慌ててロボットの隣まで小走りでやってきて、それから、ロボットの指す先に目をやった。
鮮やかな赤色の川魚が泳いでいた。春になるとよく川に現れる魚だった。男の子たちはよく川に飛び込んで、この魚を素手で掴み捕り、その場で焼いて食べている。小さい頃はよく、それを遠巻きに眺めて、私もやってみたいなあなどと思っていた。両親に怒られるからやってみたことはないけれども。
一瞬のうちにぼんやりそんなことを思っていると、ロボットは言った。
『これを、綺麗と思いますか』
「えっ」
予想だにしなかった問いかけに、私は戸惑ってロボットの顔を見た。先ほどと変わらない、好意的に見える笑みだった。私はまた動悸がしてしまって、それから少しの時間の間に色んなことを考えた。春の魚は確かに、輝くような赤色をしていた。綺麗と言わないと、女の子らしくないとか、品がないとか、そんな風に思われるのかしら。ロボットも、そんな風に考えるのかしら。
「うん、綺麗、だと、思う」
恐る恐るそう答えたとき、私はロボットの表情を読み取りたいと思って、その顔を注意深く眺めた。笑顔は、笑顔のままで、変化は全くなかった。
『そうですか』
と言うロボットの声は相変わらず柔らかで心地よい響きだった。私はどうしてロボットがそんな事を聞いたのか知りたくて、聞き返した。
「あの、あなたも、この魚が綺麗だと思って、眺めていたの?」
『それは、私がこの魚を綺麗だと認識したかを尋ねていますか? それとも私がこの小川を観察していた理由を尋ねていますか?』
「えっ……」
思いもしなかった質問の返しにうろたえながら、私は続けるべき言葉を捜していた。その間、ロボットは私のことをじっと見ていて、その目は澄んでいて、とても綺麗だった。なのになんだか、中途半端な発言をしたことを責める潔癖症の教師に詰問されているかのようで緊張した。
少しの沈黙の後、ロボットは静かに口を開いた。
『この魚の赤い鱗を、この星の多くの人は綺麗と表現します』
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