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第三章
サシャが魔界に来て五日が経過した。
サシャは北の塔の一室からぼんやりと魔界の空を眺めていた。
「僕、何してるんだろ」
ここで暮らし始めてからサシャは日に日に複雑な気持ちになっていた。
今のサシャは北の塔の住人の一人としてしか扱われていなかった。
かといって、サシャとマティアスに肉体関係はない。それというのも、マティアスにとってサシャが面倒臭い奴だからである。
天使のサシャにとって性行為とは簡単に出来るものではなかった。高潔で潔癖な天使は生涯純潔を守り通すものが多い。むしろ淫らな事に対して嫌悪を持っているくらいだ。
でも相手がマティアスならとサシャは思ったのだ。他の天使がどれだけ嫌悪しようと、想い合う同士のそれならきっと幸せなものに違いないと想像していたのだ。
しかし、マティアスはサシャだけではない。それがどうしても気に入らない。
これは身勝手で我侭なのかもしれないが、どうしてもマティアスの特別になりたい。
だが、そんな二人でも以前と変わらない関係である。それは以前言った通り、マティアスは確かにサシャを気に入ってくれているからだ。でも、それ以上でも以下でもない。
マティアスはサシャを抱くことに執着していないという事なのだから。
「ねぇ、ベルガ。マティアスはまだ帰ってこないの?」
サシャは背後に控えている女悪魔に話しかけた。
ベルガという名前の女悪魔はマティアスの護衛悪魔だったが、サシャの侍従悪魔として与えられたのだ。マティアスが信頼する彼女はサシャが天使である事も知っていた。
「マティアス様は次期魔王になられる方です。お忙しい方ですから」
「そうだね。それは分かってるんだけど……」
マティアスが多忙な事は分かっているが、サシャは魔界に来てから寂しい時間を過ごしていた。
何故なら、マティアスは自由が利く船を根城にしているからだ。ほとんど城に寄り付かず、地上界へ宝探しに行ったりなど好き放題しているのである。その為、城で暮らすようになったサシャは置いてけぼりにされる事が多かった。
サシャは窓辺に佇み、魔界の空を見上げた。
常夜である魔界の空は、光に包まれた天界の空とも、地上界の青い空とも違う。
サシャは臆病な性格から本能的に薄暗い魔界を怖いと思ってしまうが、それでも此処で生きていこうと思うのはマティアスの世界だからだ。
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