三沢祐介の日常

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 最悪なのは土地ばかりじゃない。  勉強も終わり、夜の九時を過ぎると、怒鳴り声が聞こえてくる。 「こんな田舎だって、知ってたら来るんじゃなかった!」  狂ったような母親の声だ。 「あー、東京へ行きたい! こんな所に居たらおかしくなる!」  家ではよくある事で、三日に一回はこんな怒鳴り声が聞こえる。元々東京の人だった母親は、何かって言うと「自分は東京の生まれだ」「人混みが恋しい」「高層ビルが懐かしい」などと口にする。 「そもそも、お前の稼ぎが少ないから、こんなクソ田舎に居なきゃいけないんだ!」  父親の反論する声もかすかに聞こえるが、内容までは分からない。  家が、家族が、軋む音がする。 「お前がいけないんだ! お前が!」  口論とも言えない母親の一方的な喚き声がして、殴りつける音まで聞こえてくる。  父親は抵抗しない。いや、できない。  過去に一度父親は抵抗した事があった。殴られそうになったので払いのけたら「DVだ! 私は暴力を振るわれた!」と大騒ぎして近所に助けを求めて警察を呼んだことがあった。  それ以来、父親は抵抗できないでいる。殴られても蹴られても、じっと耐え母親の狂気が収まるのを待つ。  そんなやりとりを聞かされる僕の精神も、たぶん正常ではないんだろう。  いつから、父も母も、そして僕も壊れてしまったのだろう、と考えるが、答えは出ない。  まったく……最悪だ。
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