0人が本棚に入れています
本棚に追加
最悪なのは土地ばかりじゃない。
勉強も終わり、夜の九時を過ぎると、怒鳴り声が聞こえてくる。
「こんな田舎だって、知ってたら来るんじゃなかった!」
狂ったような母親の声だ。
「あー、東京へ行きたい! こんな所に居たらおかしくなる!」
家ではよくある事で、三日に一回はこんな怒鳴り声が聞こえる。元々東京の人だった母親は、何かって言うと「自分は東京の生まれだ」「人混みが恋しい」「高層ビルが懐かしい」などと口にする。
「そもそも、お前の稼ぎが少ないから、こんなクソ田舎に居なきゃいけないんだ!」
父親の反論する声もかすかに聞こえるが、内容までは分からない。
家が、家族が、軋む音がする。
「お前がいけないんだ! お前が!」
口論とも言えない母親の一方的な喚き声がして、殴りつける音まで聞こえてくる。
父親は抵抗しない。いや、できない。
過去に一度父親は抵抗した事があった。殴られそうになったので払いのけたら「DVだ! 私は暴力を振るわれた!」と大騒ぎして近所に助けを求めて警察を呼んだことがあった。
それ以来、父親は抵抗できないでいる。殴られても蹴られても、じっと耐え母親の狂気が収まるのを待つ。
そんなやりとりを聞かされる僕の精神も、たぶん正常ではないんだろう。
いつから、父も母も、そして僕も壊れてしまったのだろう、と考えるが、答えは出ない。
まったく……最悪だ。
最初のコメントを投稿しよう!