武田直哉の日常

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 家に帰ると、部屋の明かりはついていなかった。  襖を開けると、母さんは虚ろな表情で部屋にいた。  俺が帰ってきた事さえ、気にも留めていない。ただただぼんやりと、部屋の真ん中に座っている。  母さんがこうなったのには理由がある。  去年、父さんが死んだ。  自殺だった。  遺書すら見つかっておらず、会社の裏の大きな木で首を吊っていた。仕事が生き甲斐、という人で、夜遅くまで大変そうだったが、楽しそうだった。それがある日を境に、帰宅の時間が早くなり、元気もなくなった。そして、死んだ。  葬式が終わると、母さんは一日中泣いていた。最近では泣き声こそしないものの、部屋にずっと閉じこもっている。家事をする気力もないようで、料理は俺が作る。そのおかげか、料理の腕は多少上がった。  家の中が一日中、暗くて空気が重い。  もうこんな所にはいたくない。  だから俺はきちんと勉強して、遠くにある良い高校に行かなくてはならない。大学にも行きたいし、その時には奨学金だって必要になる。  適当に食事を済ませ、母さんの分の食事はラップしてテーブルの上に用意しておく。  自分の部屋で参考書を広げる。  俺には無駄にできる時間は少ないから。
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