彼らは牙に気づかない

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 あのアリアを美しいと評したのは、異種族のギャスパー以外にはこのノクターンしかいない。バッと顔をあげ、寝台の上で体に纏わりつく金糸を弄びながらノクターンの顔は笑っていた。もしかしたら恐れを知らない彼が一番、白竜の存在に狂わされてしまった哀れな竜なのかもしれないと、青年は目を伏せる。 「役立たずのお前に任務をあげよう」  いつも通りのその展開に、青年は為す術を持たない。その身が売りに出された瞬間、彼は何もかもを失ったのだから。賢帝チルカが亡くなってのち、法などというものは何一つ彼の味方をしなかった。 「はい…ノクターン閣下」  跪いた従順な男の青い鱗に覆われた首元を撫で、ノクターンは言った。 「ギャスパー・キャロルを殺しなさい。私のアリアを狂わせた、あの男を。そうしたら私は、メッゾにもお前の愛しのカノンにも、何も手出しをしないと誓ってあげよう」  ハッとして、青年は頭を上げてしまった。  アリアとそっくりのゆるくつり上がった金色の瞳に、アリアと違う光が宿っている。自らの欲望のために、ただ自らの満足のために彼は動く。  本能的な恐怖などという生易しいものでなく、生涯かけて培った経験からの恐怖を青年は抱えた。彼の体を包み縛りつけ夜に窒息させる、そんな汚泥のような恐怖だ。  この金眼からはきっと逃れられない。  しかし、覚悟を決めるしかないと、彼はこうべを垂れた。 「あなたさまのお望み通り」     
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