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アリアを見上げるノクターンの口は笑っていた。しかしその目に、水が溜まっているように見えたのは、息が苦しい自分の目が潤んでいたからなのか、アリアはもうわからない。何一つこの祖父の謎が解けないまま、そしてギャスパーとの未来を、母のように国に尽くす未来を諦めざるをえないかもしれない状況に、アリアは必死に抵抗しようとした。
しかし、アリアの体は言うことを聞かない。
今のアリアの意欲は、過去のアリアのせいで潰えることになる。傷つられ、周りと同様に自分自身でも自分を嫌った挙句、アリアはすべての力を自ら封じてしまったまま、今日この日まで来てしまった。
これはもしかしたら、千五百年行動を起こさなかった自分への戒めかもしれないと、アリアはとてつもない後悔と虚しさを味わった。
視界が霞み、意識が遠のく。アリアの脳裏に浮かぶのはただ一人、優しい恋人の顔だけだった。
もうだめだ、と、暗闇に沈みかけた時だった。
まず、ダンッと凄まじい、聞いたことのない音が衝撃波となってアリアを襲った。軽い体が後方に飛ぶ。血は流れていたけれど、呼吸は復活し、アリアは床に叩きつけられて何度か咳き込んだ。
アリアの次に床に落ちてきたのは、ノクターンの前足だった。ドッと肉の塊はアリアの首から外れてすぐ足下に落ち、その金の鱗に覆われた付け根からは大量の赤い血が流れていると気がついて、ハッとアリアは前方に視線を戻した。
じわりと、アリアの目からこぼれ出たものは、苦しみの涙ではなかった。
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