その心臓が動いた日

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 固い天井を破るために、必死に体をぶつけたのはきっと彼の最初の記憶だ。首が痛くて体を伸ばしたくて、本能に従ってドームを破壊し終えた時、ようやく小さな光が金の目を照らした。  次の光景を、彼は一生忘れ得ない。  彼と同じ金の瞳を持った女性が、こちらを覗き込んでいた。彼はその、期待に満ちた光を綺麗だと思った。その女性をどうしようもなく愛おしく、大切な存在だと思った。暗闇以外で初めて目にしたのが彼女でよかったと、喜びの産声を上げた時だった。  みるみるうちに彼女の顔が曇り、蒼ざめ、黒髪の美しいその女性が倒れた後、耳に飛び込むのは初めての音。 「チルカ女王陛下、何がっ…」 「しっ心臓が動いていない。チルカ陛下、陛下!」 「おっおい見ろ、この卵、孵化したようだぞ。女王陛下の御子だ!」  一斉に、卵と呼ばれたドームのうちに視線を注がれ、彼は身をすくめる。彼はまだ、生まれる、という概念を持たない。 「し、白い鱗だ…!」 「突然変異…?」 「白だと。我らが竜人族に、白の鱗などあってはならぬ」 「とっ、突然変異、先祖返りの現象か!?」 「白?嘘だろありえない。白竜は生まれないはずだ」 「原始竜だ。原始竜の先祖返りに違いないぞ。しかしなぜ…女王陛下は呪われていたのか…?」 「原始竜…なんと禍々しい白の鱗だ!」 「わっ、我々竜人族は、原始竜の先祖返りに滅ぼされるのか!?」  彼らの言葉に、生まれたての白竜はどうしてか体が痛くなる。悲しいとか、寂しいとか、そういった感情を受け止めるにはまだ幼すぎる体だった。だから感情は痛みとなって、彼の血肉を、純白の鱗を苦しめた。白、というのはどうやら、この身を包む鱗の色のことのようだと彼は理解する。何色にも変えられ得る、危なげで定まらない色。鱗は覗き込む人々の影を吸収し、白から闇色に染まっている。 「白竜の王子は、このドラコルシア国の災厄だ」  ぽつりと、最初に言ったのは誰だったろう。  シンとしたその空間に、一瞬後に広がるのはさざ波のような囁き声。
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