初恋

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 しかし不思議なことに、カノンの態度もどこか硬いと聡いギャスパーは気がついた。あんなに自らの主君を慕い自慢げに語ってくれた彼だったのに、その灰色の瞳にははっきりと、恐怖の色が滲んでいる。  そんなカノンをよそに、ギャスパーの体温は上がり続ける。そして欲が出る。彼の前で失敗したくない。良い印象を持って欲しい。自分にがっかりして欲しくない…。そんな風に思ったことすら初めてのギャスパーは、ふらついてしまう足を叱咤しながらも片膝をつきこうべを垂れ、他の竜人の仕草と同様右手を胸に当てた。分厚い狼の毛皮の上からでも心音を感知してしまって、初恋に翻弄された彼は自分の体をどうしていいかわからない。自らをあやつり任務をこなすのは今までの人生全てを通して身につけた技だったのに、今のギャスパーは生まれたばかりの赤ん坊より不安定だろう。  すうっと息を吸ったギャスパーは、なんとか口を開くことに成功した。 「お…」  四人しかいないこの執務室で、自らの主人にどこか怯え続けているようなアレグロもカノンも、ギャスパーの様子がすっかり変わってしまったことに気づいているのだろう。二人は、一音だけ発したのち言葉をなくしてしまったギャスパーを見守って固唾を呑む。 「お初にお目にかかります。ヒューマリア王国から参りました。ギャスパー・キャロルと申します」     
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