初恋

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 床の赤と、履かされた美しい靴の足先を見つめ続けることによって、傅いたギャスパーは机を挟んだ先に座る竜人の王に挨拶することができた。少しずつだが体が落ち着いてくる。  そうして静寂が十秒も続いてしまった頃にはすっかりギャスパーの赤面は元に戻っていたが、今度は寒気がした。なぜ美しい彼が返事を寄越してくれないのかが不安になって、ギャスパーは嫌な汗を流す。いくら一目惚れの衝撃に揺られていたとはいえ自分は言葉を間違えるほどのポンコツではないはずだし、任務の致命傷になりかねない行動もとっていないはずだ。  ギャスパーは生まれて初めて卑屈な気分というものを体験した。呼び寄せた人間の剣士が思ったよりも凡庸で、もしかしたらお気に召さなかったのかとギャスパーは勘ぐってしまう。  しかし沈黙を破ったのは、カノンの声だった。 「主君、いつまで緊張しておいでなんです。つい先ほどこちらに到着されたギャスパー様が、真っ先に主君に…ごほん、陛下にお顔を見せに来てくださったのですよ」  カノンの声音は硬い。もしかしたら竜人族の白竜への恐怖は、どうしようもなく本能的なものなのかもしれないとギャスパーは思い至る。  白竜は少し目を泳がせて、ギャスパーを見た。何か遠慮しているのか、それとも人見知りなのか、彼は不安げな顔だ。  そしてようやく、鋭い牙を覗かせて少年は口を開いた。     
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