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ぼくのかわいい、よその犬
「……さて、と」
身支度を整えて、小さな声で自分に気合を入れる。
洗面台に設置してある小さな鏡には、相変わらず特になんの変哲もない地味な男の顔が映りこんでいた。清潔感だけが取り柄のような、実に凡庸な男である。
……あ、歯磨き粉がくっついてる。口元についている汚れをぬぐいながら、リビング兼寝室になっている部屋へと戻る。戻るといっても、ほんの数歩の距離なのだが。
早朝五時前の室内は、カーテンを引いていることを抜かしても、まだまだ暗い。
室内だというのに、吐き出した吐息がうっすらと白いことに苦笑が浮かびそうになった。
俺の稼ぎじゃ二十四時間、フル回転で暖房器具を動かすことは難しい。
不意に、むにゃむにゃと惰眠を貪る小さな声が聞こえた。そちらの方を見る。室内には一組の布団が敷かれており、その布団には俺以外の人間が寝息を立てていた。
今日もよく眠ってる。幸せな夢、見てるといいなと思う。寒いのだろう。口元まで、布団の中に隠れている。
布団の中から見える、ボサボサの黒い髪。大きな身体を小さく丸めて寝るのが、こいつの癖だ。そしてその腕の中に俺を閉じ込めるようになって久しい。
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