第1章 回転世界のホワイト

10/15
前へ
/100ページ
次へ
叔母の家で無理矢理寝かしつけられた客用の無駄にふかふかした布団の中で、行かないでの言葉を寝たふりして飲み込んだ事だけは今でも後悔している。 止めていたところで運命は何も変わらなかったのかもしれないが、あそこで子供らしく泣き喚いてみれば、何かが変わっていた可能性もゼロじゃなかった。 生き残った僅かな乗客の中に、抵抗もしていない父と母を執拗に銃で撃っていたと証言した者がいた。しかし日本の警察は、治外法権を理由にそれを追求しようとはせず、居たはずの証言者もいつの間にか行方が知れなくなる。 世を知らぬ子供に、世の中の不条理を痛感させ、絶望を覚えさせるには十分な出来事だった。 それからひと月もしないうちに、成り行きで居座らせてもらう事になっていたその親戚の家に、黒いスーツの男が三人訪ねてきた。 日本人が一人、後の二人は流暢な日本語を話す外人。 グラデーションになったカラー表を見せられて、「何色見えるか答えろ」というような事をいくつかのパターンで命じられた。 答える度、叔父の一家は首をひねっていた。 一通りそれが終わると男達は頷き合って「この子は五色型色覚という特殊な色覚の持ち主なので、世界の為にも自分達の研究機関で面倒を見させて欲しい」と言い出す。 おそらくは五色も超える受容器があり、その才覚を最大限に活かせるよう最高の認色教育環境が必要だという説明にも叔父一家はぽかんとしていた。 一般的に人が通常認識できる元素カラーは三色が限界のはずなのに、自分には五色以上のカラー世界が見えている。 改めてそう言われても特に驚きはなく、三星はただ黙ってそのやり取りを眺めた。 ちょうどその頃は叔父の家も、夫婦間の揉め事や子の受験などごたごたしていた時期だった。 正直、他に身寄りがないからどうしようもなく置いてくれているのだろうと、まだ十歳ながら、そんな空気をひしひしと感じていた。 研究対象として検査に協力してもらう事もあるが、絶対に悪いようにはしない。 認色教育以外にも必要な教育はもちろん習得させ、生活環境にも十分配慮する。 叔父も男達のそんな言葉を鵜呑みにしたわけではなかったようだが、如何せん手に余る存在の良い引取り手が現れてくれたことに感謝したい気持ちだったのではないだろうか。 翌週には、飛行機に乗せられていた。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

513人が本棚に入れています
本棚に追加