第1章 回転世界のホワイト

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百枚ほどの写真データが入った何の変哲もないただのデジカメに見えるそれは、三星のようなカラーと呼ばれる多色覚者(たしきかくしゃ)にだけ見えるカラーを再生できる特殊なアイテムだという事もその時教えられ、選びきれないほど沢山のアイテムがぎっしり詰まった小型の冷蔵庫のようなメイクボックスが誕生日プレゼントだった。   それをできないと挫けたところで次にできそうなこともなく、正直自分の力は試したかった。   人間を、変装ではなく、そこに調和させること。 それこそが、初めから三星へ求められていた事だったのだ。 置かれている物の色だけでなく、部屋のライトの色、壁や床の素材からの反射と窓の大きさから予測される室内の光量。 当然、同席するターゲットとの調和も忘れてはいけない。 その空間に構築されるべきイメージの操作は、顔に施すメイクはもちろん、身に着ける衣服から小物まで全てが重要なカラーポイントとなる。 提案したカラーは毎回それなりに良い結果を出せたようで、断続的に仕事は続いた。 そこからさらに始まったのは、銃の使い方や護身術のような組手。 それは組織に所属する者に共通して課せられる基礎訓練だった。 これが始まってからは、体への慣らしとして告知なく飲み物や食事に致死量までは満たない程度の毒が盛られるようになり、耐性がつくまで腹を下したり泡を吹いたり、本当にいつか死んでしまうのではないかと思う苦しい毎日で、三星は今だに我ながらよく耐えたと時折思い出して心音を確かめてしまう。 無味無臭の毒でも嚥下する前に気付けるようになるまでは二年かかった。 組織として動いていく上で頭に入れておくべき人物を覚えることも必修とされ、分厚いファイルとの睨めっこも連日だった。 部屋に戻ってからの過酷な時間が強すぎて、一応通わされていた学校の事などほとんど覚えていない。 望めばいくらでも、知識になる情報や資料は与えて貰えた。 むしろ役に立てなければ明日がなかったのだろうが、そんなことを考える暇もないほど調和させる面白さに夢中だった。 全体の顔はぼやかし、印象的にほくろを足したり引いたり、窪みを消したり増やしたり。その顔が持つ本来のベースはそのままに印象を調整し、変装では補いきれない不信感を払拭する。 やはりどんな素材を使おうが、人間の目は人間の肌の異質を見抜いてしまうのだ。
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