第1章 回転世界のホワイト

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ライトまで付いた本格的なメイク台は十分な広さがあり、磨かれた大きな鏡に男の顔を隅々映そうと壁を占拠していた。   左頬に走る大きな裂傷痕の明度と彩度を覚え込む。 今とても余計な事に貴重な脳細胞のスペースが侵されてるとイラつきながらも、ここまで来てしまったからには仕方ないと諦めて、カラーを頭で組み立てた。 「十年…、この傷、それくらいは軽く経ってるな」 「…そうだね。でも僕が大きくなったから、傷は小さくなったよ」 刃物は左目に向かって振り下ろされたのだろう。 古傷と言わせない場所で主張する十五センチ程の裂け目痕は、激しい勢いに正面から切り込まれたのを教える、縦にすっぱりとした一本線だった。   拭き取りの化粧水をして美容液を馴染ませに入ると、男はされ慣れた様子で三星の胸に頭を預けてくる。 三星もその方がやりやすいのでそのまま後頭部を胸で支え、上から下、下から上へと、リンパと筋肉をほぐしながら美容成分を馴染ませていく。 時間がなくともこのひと手間は重要なのだ。 掌に感じるのは、本来の肌質も良く、しっかり手入れされている極上の肌だった。 細密に美しいラインを形成する為だけに仕込まれたような骨の形を手で感じながら、今でもまったくゆるみのない張りのある肌に、消えぬシワを刻み込む刃がめり込んだ瞬間を労わる。 指先で触れればまだ微かに段差の擦る傷さえなければ、どこかに奉納されそうな造りの男。 まさにこれが、別格ということなのだろう。 この完璧を壊すことが惜しいと思わなかったのはどんな奴なのだろうと想像して、今考えるべきはそこじゃないとまた切り替える。 「どんなシーンのメイクが必要だ。この部屋の気温や湿度とどれくらい違いのある所で、何時間崩れないメイクを希望する」 「今日の僕はね、秘密の名で、愛しい人の心を手に入れたい男だ。ここよりも暑くて、乾燥してる。加湿器も置いてくれてるんだけど、半径三十センチくらいしかそれを感じられないんだよ。あそこの地下にはきっと乾燥剤のモンスターが住んでるんだ。時間は二時から数えると、うーん、最低でも六時間かな」 大方どこぞのモデルかなんかだろうと要望だけ聞き、追及はしない。 調子を合わせて質問を返されては面倒だから。 少なくとも記憶している危険人物のリストに該当する顔はなかった。
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