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第一、髪も目も肌も体も、そこにあるすべてが印象的すぎるこんな外見で同業者とも考えにくく、それを疑ってしまったことが情けないほど、腕の中に居る男は無防備だった。
さっさと終わらせてトイレに行こうと、ブルーベースの顔に女を想って高揚する男の顔を造る為に、あえてオレンジのベースカラーを選択した。
少し迷ったが、普通のメイクでは使用しない人工皮膚を形成するパテも用意する。
頬骨の下から始まるその傷は、やはり最初に刃が入った部分が一番深かったようで傷跡の盛り上がりも高く、コンシーラーでは到底物足りなかった。
ライトのイエローにレッドを混ぜ、テラコッタをピンクで薄め、裂け目の肌色に調整する。
手の甲をキャンパスにして、様々なブランドのファンデーションとコントロールカラー、間に挟む粉の質感まで計算して重ね、三星はもう、完璧を完璧に戻すことへ没頭していた。
どんなにわけのわからない頼まれ方だったとしても、カラーを広げてからの妥協はない。
三星が、自分に他の人には見えない色が見えていると気付いたのは割と早かった。
歩けるようになる前には、自分と母親にしか見えない色がある事を知っていた。
『まぁ、今日の空はとても綺麗なパープルね』
母がそう言えば、三星だけ頷き、父親も周りの人間も大概こう言う。
『パープル? ただの曇り空だ。灰色にしか見えないよ』
三星が、満月はブルーとゴールドなのだと言っても、母親以外は同じような否定。
そんな母親が五色型色覚を持つ者としてこの仕事をしていたことを知ったのは、ハイジャックされた飛行機と共に死んだ後だった。
休日に、家族でドライブがてらちょっと遠方のアウトレットモールに行って、一定額以上購入したレシートで応募できるヨーロッパ旅行が目玉の懸賞に父親が応募した。
余興気分で気楽に書いた応募用紙だったのだろうが、奇跡はそんな時に起こると聞くように、その翌週末には自宅に当選を告げる電話が入る。
もちろん家族みんなで小躍りして喜んだ。
賞品として送られてきた大人二名分のペアチケットに子供料金を追加し、父親は張り切って二冊も買ってきたガイドブックを付箋だらけにした。
三星は、初めての飛行機への興奮と不安で緊張していた。
そして肝心の出発前夜、熱を出す。
母親にブランド物の土産を依頼していたらしい叔母が、子供の面倒は見てやるからせっかくの機会を無駄にするなと両親を行かせた。
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