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花と緑に覆われた庭に点々と並ぶ最後の踏み石の上で、ロッテはふと立ち止まり、赤い煉瓦屋根の小さな屋敷をもう一度振り返った。
赤ん坊のころ森でリーゼロッテに拾われてから十八年間暮らしてきた魔女の家。結界に守られた緑の庭、それを囲む森の樹々。天井のように生い繁る木の葉のすき間に覗く空。それが、ロッテの世界の全てだった。
ロッテの小さな世界は絶対君主制で、リーゼロッテは女王様気取りの暴君だったけれど、文字の読み書きやこの国の歴史を、ロッテの唯一の取り柄であり楽しみでもあった薬草学を、生きるのに必要な多くのことを、彼女はロッテに教えてくれた。
リーゼロッテはロッテの師であると同時に、友であり姉であり、母だった。そしてそれは、きっとこれからも変わらない。
ロッテの琥珀の瞳に、じわりと涙が滲んだ。
「淋しいの?」
ユリウスが隣に立って囁いた。ロッテはうつむいてふるふると首を振り、旅行鞄の取っ手を握る手にちからを込めた。
リーゼロッテが姿を見せないのは、別れが辛いからではない。彼女はいつもどおりぐうたらで、今もロッテの部屋でごろごろと寛いでいるに違いないのだ。
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