第1話 王子様との出会い⑤

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***  深紅の花が散りばめられた棘のある緑の天井が途切れると、ロッテの目に飛び込んできたのは広大な荘園の風景だった。遠方に連なる山や森の影が、白い雲をたなびかせた青い空と緑の草に覆われた大地を分かつており、草の海を裂くように砂利の敷き詰められた街道が長く長く続いている。街道の先には小さな村があって、教会の鐘楼が樹々の向こうに見え隠れしていた。丘の上の大きなお屋敷は、この一帯を治める領主のものに違いない。  ロッテは棒立ちになって、初めて目にする美しい景色に魅入られた。 「森の入り口に馬車を待たせてあるんだ」  ロッテを振り返ってそう言うと、ユリウスはざくざくと砂利を踏みしめながら森沿いの街道を歩きはじめた。ロッテが旅行鞄を抱えなおし、慌ててユリウスのあとを追う。しばらく歩くと、街道沿いに黒塗りの馬車が止まっているのが見えた。  金の装飾が施された車体の背に片翼の鷹が刻まれていることから、その馬車がフィオラント王家のものであることは一目瞭然だった。馬車の側には馬が二頭繋がれており、その傍に人がふたり立っている。  ひとりは服装からして御者だろう。もうひとりは、のどかな荘園には場違いにも思える仰々しい鎧を着込んでいることから、フィオラントの騎士であることが窺えた。  騎士らしき人物は用心深く周囲を見回していた。丘の上のお屋敷に向けられていた視線が、村から街道を辿り、ユリウスとロッテのほうへと向けられる。と同時に、よく通る低い声が辺り一帯に響き渡った。 「殿下! ご無事でしたか」  ユリウスの姿を認めるや否や、騎士は重々しい鎧を揺らしながら足早に街道を歩いてきた。彼が一歩踏み出すたびに、がしゃんがしゃんと金属の擦れ合う音が騒がしく響く。  騎士が目の前で立ち止まり、堅苦しく敬礼してみせると、ユリウスはにこりと笑い、穏やかに告げた。 「このとおり、問題はないよ。心配をかけたようだね」 「とんでもございません、殿下。必ずやその使命を成し遂げ、お戻りになると信じておりました」  深々と(こうべ)を垂れてそう言うと、騎士は改めて姿勢を正した。
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