1、トップバッター

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1、トップバッター

「では始めまーす!」 サンタの帽子をかぶったセレナが厨房で揚げ物の下ごしらえをしている中、マコトが開会の宣言をした。 トップバッターは自他共に認めるセレナ推しのTOである、ゆきとだ。ゆきとが持っているアルバムには100枚近くのセレナのブロマイドが収納されている。 ※TOとはトップオタクの略。要するに対象のアイドルやメイドに対して誰よりも多くの時間、体力、財力をかけている者を表す。 ゆきとは緊張した面持ちでリモコンを機材に向ける。入れた曲は、10年ほど前に流行したラップ調の曲、「指輪(リング)」である。結婚式で定番の曲だ。 軽快なラップが流れる中、カラオケの画面には正確な音程を表すバーと、歌い手が歌った音程を表すバー表示される。ゆきとは歌うとき、音程の正確さより魂を込めることを重視している。音程バーからのずれは気にしない。今回も、ゆきとは歌詞に登場する「君」をすべて「セレナ」に変換し、堂々と歌い上げる。 「セレナのすべてを受け止める」 「俺がセレナを幸せにする」 「セレナがいるなら何にもいらねぇ」 聴いている方が恥ずかしくなるような歌詞を堂々と全力で歌い上げるゆきと。 「セレナ、SO!永遠(とわ)の旅路へ……」 とゆきとが終盤のサビを歌い上げる途中、突然音声が途絶えた。そしてカラオケの画面上にシャッターが降りてくる。完唱失敗の合図だ。 店内に嘆息が響き渡る。画面には87%と表示された。 ゆきとが少しだけ悔しさを滲ませた表情で席に着くと、 「惜しかったですね」 と隣の席の常連客、KID(キッド)から声をかけられた。KIDはマコト推しのTO。激務をこなしながらも足繁くマコトを追いかけている。今日も仕事帰り。ピシッとしたスーツとしっかり磨かれた靴での「お帰り」である。 KIDの話は面白く、場の盛り上げ方も巧い。中にはメイド目当てというよりKID目当てでこの店に通う「ご主人様」もいるんだとか。当然歌もかなりのレベルで、今回の優勝候補の一角である。 「ゆきとさん、いつもは仲良くさせていただいていますが、今回の主役は私が頂きますよ」 KIDの眼鏡が光った。ゆきとは無言で微笑んだが、目の奥は笑っていなかった。 たとえKIDさんが相手でも、今回だけは、負けるわけにはいかない。 ゆきとは心の中でそうつぶやいた。
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