黄金色の欠片

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「あら、リュドミラ・サベリエワ」 台所からやって来た母親が驚いた声を上げる。 「これ、ヘップバーンじゃなくてソ連の方の『戦争と平和』ね」 画面の中の女優は確かにハリウッド女優のような華やかな明朗さには乏しいが、もっと清純で繊細な空気に包まれている気がした。 住谷に似ている。 見続ける内に最初に感じた印象が否定しようとしても自分の中で固まっていくのを感じた。 もちろん、この女優さんの方が美人だし、洗練もされている。 住谷の目は日本人にもよくいる焦げ茶色で、この人のようなどこか人間離れした空色ではない。 だが、画面の女優の姿には、住谷と本質的に似通った何かというか、住谷から雑多な要素を取り払って完成させた風な印象を受けるのだった。 “許して” 字幕と共に画面で大写しになった彼女が語る。 ロシア語のせいか、女性にしては低い声だ。 “私、嘘を” 滑らかに白い顔の、混じり気の無い水色の瞳から透き通った粒が零れ落ちる。 その様を目にすると、胸が熱く締め付けられた。 恋人に語りかける場面のはずなのに、画面越しのこちらに呼びかけている錯覚に囚われる。
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