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「何時まで泣いてるのよ」
隣にはぐすぐすと鼻を啜る優が座っている。映画館で観たい映画の意見が合わず、さんざん協議した結果”少女と犬の人生”の映画を見た。正直、渚もうるうるとしていたが隣でわんわん泣く優を見て正気に戻った。
現在は人気の少ないカフェの隅っこで、朝食兼昼食をとっているところである。窓を向いたカウンター式のテーブルに、一番隅の席を優の為に譲ってその隣に座った。椅子はひとりでに動いたと見えないように渚が引いてやった。
「だっで、悲し過ぎるっ。渚さんは何で平気なの?」
「いや・・・、まあ。二人して号泣しても仕方ないし」
「冷たい人だぁ」
「まあ、コーヒーでも飲む?持ってあげるよ?」
優は涙を拭っていた手を止めて、指の隙間からちらりと渚の手元を盗み見た。
「___それ、苦そう」
「そりゃあ、ブラックコーヒーだから」
「__大人だ」
感心したように見る優は、尊敬の眼差しをこちらに向けていた。・・・別に大人だから飲んでいるわけではない。ただ、ダイエットのためにミルクと砂糖を控えているだけ。誇れる事など何もない。
「そういえば、優ってご飯もいらないの?」
「そうだよ。俺もこうなってから、大好きな唐揚げをタダで食べ放題だってレストランの厨房に忍び込んだ事があるんだ。___無味無臭だった」
「・・・それってどういう事?」
「そのまんまだよ。触感だけはあるんだ。ただ、むにむにするものを食べていて気持ち悪くなった。色々実験してみたんだ。そして一つの結論にたどり着いた。俺たち幽霊は、喜びに繋がる感覚が無い」
口角は上がっていた。でもそれは、嬉しくて笑っているんじゃない。死んでしまった事に苦笑いしている様に、渚の目には映った。
「残酷だろ?死んだときの痛みはあるんだ。ずっと。俺はこの先も、この痛みと過ごしていかないといけない」
「__それは幽霊でいるうちはって事でしょ?生まれ変わればきっと違う。こんなところにいないで、早く天国に行くべきだよ」
心の底からそうすべきだと思った。だから言っているのに、優がこちらを見る瞳は悲しげに揺れていた。優をこんな表情にさせてしまうのは何なのか渚にはわからなかった。
「だめだ。俺にはやり残した事があるから。目的を果たすまでは、成仏出来ない」
優の笑顔は儚く、今にも消えてしまいそうだった。
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