第1章

11/15
前へ
/98ページ
次へ
「お疲れ様、渚さん」  そういえばいつの間にか居なくなっていた優が、居酒屋から出てきた渚を労いの言葉で迎えた。始めはいたけれど、お客様の入りが増えるにつれて存在も忘れてしまっていた。寂しい思いをさせてしまっただろうか。 「かっこよかったよ、渚さん。広いホールに目を光らせて、お客さんが箸を落としたのにもすかさず反応するなんて、なんか王子様みたいだった」 「__それ、褒めてるのかな?」 「もちろん。最後らへんに来たギャルのお姉ちゃんも見れたし、もう大満足」  ぺこちゃんのように舌を出す優にため息をつく。心配して損した。でも、ずっと見ていてくれたのだろうか。__なんだか恥ずかしい。  真っ暗な道を優と隣り合って歩いていた。怖かった夜道が今は怖くない。幽霊が怖かったのか変態が怖かったのかわからないけれど、優が隣にいる事が安心感へと繋がっていた。こんな年下に頼りがいを感じているだなんて、本当にどうかしてる。隣でいまだに今日見た映画の話をしたり、初居酒屋の感想を喋っている優に心の中で感謝を述べた。たった二日一緒にいただけなのに、貴方が死んでいる事を凄く悲しく思う。優にはたくさんの明るい未来が待っていたはずなのに。 プルルルルルル  突然鳴りだす携帯に二人して肩を揺らす。目が合うと自然と笑みがこぼれていた。けたけたと笑いながらポケットから携帯を取り出すと、見慣れた文字に胸が締め付けられるように痛んだ。急に笑う事をやめた渚を見て、優は無言でその横顔を見つめていた。 ルルルルルルル  鳴り続ける携帯を握り締めたまま、呆然と立ち尽くしていた。夏なのに背中は冷やりと冷えていて、身体が震えた。もう、かかってくるはずが無いのに。 ルルルルルルル  抱き締められていた。震える身体を優の力強い腕がしっかりと包み込み、頭には優の頬が当たる感触がしている。心臓があるはずの場所からの鼓動は聞こえない。着信音が止まると、自分の心臓の音だけが大きく聞こえた。 「ごめん、急に黙って。大丈夫だから」  腕を突っ張って優と離れようとするが、尚更強い力で引き寄せられた。この行動に意味があるのかはわからない。それでも、こんな時に一緒にいてくれる存在が渚の心を熱くしていた。 「何が大丈夫?こんなに震えて。俺、ここにいるよ。確かにここにいるんだよ。俺じゃあ頼りにならないかな?」
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加