第1章

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 抱き締めらたままでは優の表情がわからない。ひょっとするといつもみたいに冗談かもしれない。笑って返すべきか否か、考えあぐねいていた。最善の選択をしたかった。人と人の関係は壊れてしまえば元には戻らないから。 「「・・・」」  無言のまま抱き合っていた。どちらから離れたらいいか分からなかったから。・・・いや、どちらも離れたくなかったのかもしれない。今ここに人が来たらどうなるのだろうか。私が変な体勢で立っている不思議な光景を見られてしまう。 「ほら、もう大丈夫。震えてないよ。__人に見られたら困っちゃう」  そう言えば優は放してくれると確信していた。優しい人だから。ゆっくりと緩まる腕の力に合わせて少しずつ身体を放した。見上げた優の表情は何かを悟ったように悲しく歪んでいた。私がこんな顔をさせてしまっているのだろうか。 「ごめん、ごめん、優。私平気だよ。全然なんともないよ」  下唇を噛みしめている優は、言いたい事を口にしてしまわない為に蓋をしているように見えた。目は口程に物を言うというが、それを強く感じる眼差しだった。  私の事はあまり話したくない。それは口にする程の事ではないし、素晴らしい過去でもないから。それでも、優の言葉は全て吐き出して欲しいと思うのはわがままだろうか。  握り締めていた携帯をポケットに仕舞って、両手を優の両頬に当てた。昔から泣きそうな顔をしている人への対応がわからない。だから、両手を頬に当てる。私がそうされるとほっとするから。  一瞬驚いた表情をした優は、一層眉を寄せてしまった。 「あ、ごめん。嫌だった・・・」  益々泣かせてしまうと思って手を放そうとしたのに、上から優に手を重ねられて動かせない。優の手は暖かくも冷たくも無い。 「きっと」 「へ?」 「__きっとこの手は凄く温かいんだろうなって。渚さんの手の感触はするのに、何も感じない。生きているときにこうして欲しかった。なんで今なんだ。・・・凄く、苦しい」  優の悲痛な叫びは渚の心に大きく衝撃を与えた。私と居る事でもっと苦しめてしまっているのではないか。吐きそうなくらい締め付けられる胸の痛みも、きっと今の優には感じられないのかもしれない。  近くにいるのに共感出来ない沢山の感情が溢れてくる。  言葉を交わす事なく、手を繋いで帰った。
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