第1章

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 何事も無く一週間が過ぎようとしていた。落ち込んでいるように見えた優は、翌朝にはケロリとしていて拍子抜けだった。  こんなに長く他人と過ごすのは初めてだった。同棲というものは経験が無かったが、おそらく今のこれとはまた大きく違うのだろう。優は一切、手がかからない。ご飯も要らないし、お風呂も入らなくていい。ゴミも出さないし、何かを買って与えてやる必要も無い。そのはずなのに、渚に優しさや安心感を与えてくれていた。  貰ってばかりだった。こちらが与えているものと言えば・・・、いや、正確に言えば与えてはいないが、睡眠時間が短くなっていた。それは優とのお喋りが楽しいというのも一理有り、寝ているのを見られているのかと思うと鼓動が速まって熟睡出来ないからだ。なんだ、この少女みたいな心は。  少女といえば、ここ数日優がドはまりしているのが少女漫画である。収納の奥の方に仕舞っていた漫画を引っ張り出したところ、寝ている間は月明かりを利用して毎日漫画を読み耽っている。もちろん、渚が出かける時はついて来るが。 「渚さん。そろそろ寝なきゃお肌に悪いよ」 「あ、そっか。もうこんな時間。歯磨きしてくるね」  ぱたぱたと洗面台に走っていく渚の背中を見送った。渚と過ごす日々はとても楽しかった。毎日同じサイクルで過ごす渚について回る生活。もちろん他の人となら俺だって嫌だったと思う。けれど、これが”渚”相手なのであれば何時までもそばにいたいと思う。そう思う心と、急がなければならないと焦る気持ちがせめぎ合っている。  向こうで水が流れる音でさえ心地良いし、渚の足音や歩幅でさえ覚えてしまった。たまに手を勝手に握っても、解かれる事は無い。勘違いしてしまいそうになる。俺が渚の特別なんじゃないかと。  馬鹿みたいな考えに苦笑をこぼしたときだった。 プルルルルルルル  突然なり始める携帯はあの日以来初めての着信通知だった。テーブルに置かれたままの携帯の画面を見てしまう。そこには【近藤誠二】と表示されていた。向こうで急いで口をゆすいでいる音が聞こえる。  急いで駆け寄ってきた渚は携帯に表示されている名前を見て、あの日と同じようにフリーズしてしまった。  そっと渚の手を握ると弱弱しく握り返される。 「渚さん。__あの日、自殺しようとした理由って、本当に好奇心?」
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