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玄関から放り出されるように不自然に浮かんだ誠二は、足が地面に着くとそのまま一目散に去っていった。あんなに外見を気にしていた男が、髪を振り乱して上着がズレているのも直さずに。
「渚さん、大丈夫?」
「あ・・・、うん」
隣に立った優が玄関扉を閉めながら問いかけた。呆然としながら空返事をする渚の身体は震えていない。嵐が突然来て、あっという間に去っていった。
「___話してくれる?」
優を見上げると、真剣な表情でこちらを見ていた。その瞳に軽蔑の色は無く、優しい目をしていた。こくりと小さく頷くと、優ははにかんで渚をお姫様のように抱えた。
「えっ? ちょっと・・・ひゃあっ」
足取りの軽い優はそのままソファに座って渚を膝に着地させた。優の膝の上で首に手を回した渚は頬を真っ赤に染めている。こんな経験無い。
「お、下ろして」
「嫌だ」
「・・・お願い」
「そのお願いは聞いてあげない」
至近距離で悪戯っぽく笑う優は小悪魔だ。尖った八重歯も笑うと細まる瞳も、渚の胸を跳ねさせる。年下に翻弄されてばかりだ。
「さ、どうぞ」
「__仕事を辞めてどん底だった時に今の居酒屋で働き始めたの。そこにお客さんで来たのが今の人。・・その時、私の欲しい言葉を全部くれた。依存するみたいに彼中心の生活になった。それが四年前」
優は口角を優しく上げたまま、”うん”と相槌を打ちながら聞いていた。こんな話、誰かに打ち明ける事なんて無いと思っていたのに。
「都合のいい女にされている気はしてた。だって連絡はこちらから送っちゃダメ、家は教えてくれない。わかってたけど、彼にすがるしか無くて。妊娠がわかったのは半年前。産婦人科で診断も受けて、初めてこちらから電話をした時に奥さんが出たの。私・・・っく、うぅ」
「うん、ゆっくりでいいよ」
優は長い腕で渚を包み込みながら、優しく背中をさすってくれた。本当は辛かった。凄く、凄く。話せる友人もいなくて、くまさんやりなさんにも言えなかった。こんな自分を知られたくなくて。
「・・・すん、___私、震えてしまって、問い詰められるままに答えるしかなかった。奥さんは私を責めることはあまりしなかったけれど、彼には子供もいたの。その家庭を私は壊してしまった。そのストレスで・・・流産、した」
優は渚を強く抱き締めた。
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