113人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
日差しの強い暑い日だった。じりじりとした熱気がそうさせたのか、それとも前々からそうしようと思っていたのか。今となってはそんな事どうでもいい事だし、済んだことだ。頭はスッキリと冴えわたっているのに、目の前の事象だけは理解出来ない。汗が流れ落ちる感覚が気持ち悪いな、と他人事のように思った。
「ねえ、聞こえてる?」
「・・・」
「無視しないでくれるかな?」
「・・・・」
「おーい。見えてるんでしょ?」
「・・・・・」
「あ、あれは人気俳優の____、はい視線動いたね。聞こえてるね。見えてるね」
出来れば関わりたくなかったし、面倒事はごめんだった。大人げないけど見て見ぬふりを決め込もうと思ったが、兎に角しつこかった。根負けというもので。
「___はい、何でしょうか?」
「俺の自己紹介ちゃんと聞いてた?」
「・・・聞こえてはいたけど、聞いてはないです」
「なにそれ。そういうの大人の悪い所だよね。あの頃の純粋さは忘れてしまったの?」
「ええ、遠い昔に置いてきました」
「取りに帰ったほうがいいと思うよ」
「__貴方も年上を敬うということを覚えたほうがいいと思うよ」
目の前で腕を組んで立ちはだかっているのは、学生服に身を包んだ男の子だった。黒いズボンに長袖のシャツを腕まくりしていて、健康的についた筋肉のわりに色が白い。ナチュラルな黒髪はさらりと揺れて、しっかりと入った二重のラインと濃い目の眉は印象的だった。主張し過ぎない鼻も口角の上がった薄い唇も、同年代なら胸を高鳴らせたかもしれない。
「なんで死のうとしたの?」
そう。私はさっきビルから飛び降りた。人生が嫌になったわけではない。ただ、死んだらどうなるのかなって思って。躊躇したら怖くなるから、歩みを止めずにそのまま飛び降りたはずなのに、気付いた時には草むらの中に寝転んでいた。死後の世界では無い。ここは、ビルの下の公園の中だから。
「ただの、好奇心」
「___だめだよ。死んでもいい事ないよ」
「そんな経験者みたいに言わないでよ」
「経験者だ。俺は幽霊だから。___渚さん、俺のお願い聞いてくれる?」
青年は柔らかくはにかんだ。綺麗に並ぶ白い歯の中に八重歯を見つけた。日に照らされた青年の笑顔はすごく眩しい。
最初のコメントを投稿しよう!