第1章

2/15
113人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
 日差しの強い暑い日だった。じりじりとした熱気がそうさせたのか、それとも前々からそうしようと思っていたのか。今となってはそんな事どうでもいい事だし、済んだことだ。頭はスッキリと冴えわたっているのに、目の前の事象だけは理解出来ない。汗が流れ落ちる感覚が気持ち悪いな、と他人事のように思った。 「ねえ、聞こえてる?」 「・・・」 「無視しないでくれるかな?」 「・・・・」 「おーい。見えてるんでしょ?」 「・・・・・」 「あ、あれは人気俳優の____、はい視線動いたね。聞こえてるね。見えてるね」  出来れば関わりたくなかったし、面倒事はごめんだった。大人げないけど見て見ぬふりを決め込もうと思ったが、兎に角しつこかった。根負けというもので。 「___はい、何でしょうか?」 「俺の自己紹介ちゃんと聞いてた?」 「・・・聞こえてはいたけど、聞いてはないです」 「なにそれ。そういうの大人の悪い所だよね。あの頃の純粋さは忘れてしまったの?」 「ええ、遠い昔に置いてきました」 「取りに帰ったほうがいいと思うよ」 「__貴方も年上を敬うということを覚えたほうがいいと思うよ」  目の前で腕を組んで立ちはだかっているのは、学生服に身を包んだ男の子だった。黒いズボンに長袖のシャツを腕まくりしていて、健康的についた筋肉のわりに色が白い。ナチュラルな黒髪はさらりと揺れて、しっかりと入った二重のラインと濃い目の眉は印象的だった。主張し過ぎない鼻も口角の上がった薄い唇も、同年代なら胸を高鳴らせたかもしれない。 「なんで死のうとしたの?」  そう。私はさっきビルから飛び降りた。人生が嫌になったわけではない。ただ、死んだらどうなるのかなって思って。躊躇したら怖くなるから、歩みを止めずにそのまま飛び降りたはずなのに、気付いた時には草むらの中に寝転んでいた。死後の世界では無い。ここは、ビルの下の公園の中だから。 「ただの、好奇心」 「___だめだよ。死んでもいい事ないよ」 「そんな経験者みたいに言わないでよ」   「経験者だ。俺は幽霊だから。___渚さん、俺のお願い聞いてくれる?」  青年は柔らかくはにかんだ。綺麗に並ぶ白い歯の中に八重歯を見つけた。日に照らされた青年の笑顔はすごく眩しい。 
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!