第2章

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―過去編【渚】― 「一体どういうことですか、橋本先生」  威圧的な口調は渚に向けられていた。ここは田舎にある高校の校長室だった。ダークブラウンで統一された室内は重厚感があり、今の雰囲気を益々重くしていた。眼前には薄い髪の毛を必死にかき集めた校長と、化粧ばっちりでタイトなスカートが年齢的にきつい教頭が座っている。私はただ、立ち尽くしていた。 「まさか貴女がそんなふしだらな女だとは思いませんでしたよ。ねえ、校長先生?」 「ああ、そうだな。ましてやPTA会長の息子に手を出すとは、もう罰を受ける覚悟は出来ていますかな?」 「いや、おっしゃっている意味が「口答えですか?もう、よろしい。今日は一先ず帰りなさい」 「・・・」  弁解の余地すら与えて貰えない一方的な尋問は早々に終了した。おかげで未だに状況の把握が出来ていない。私が何をした?息子に手を出す?・・・思い当たる節が無い。  ベージュのタイルが貼られた廊下は永遠と真っ直ぐ続いている様に見えた。生徒数が少なくても田舎は土地があまりに余っている。おかげで市内のマンモス校よりも無駄に広い校舎は空き教室が目立つ。一階にある体育館に近い端の部屋が私のホームだ。ガラリと扉をスライドさせるとひとりの青年が立っていた。黒ぶち眼鏡をかけた青年は、マッシュヘアと相まって益々暗い印象を与えている。 「___怪我したの?」 「いえ・・・、あの」 「・・・?」  そういったまま口を噤んでしまった青年は俯いている。その時の渚は他人の悩みなど聞いていられる精神状態ではなかった。それ故にその時は深くは聞かなかった。立ちすくんでいる青年を椅子に座らせると、自分もデスクの前に腰をおろした。 「「・・・」」  沈黙が続いていた。渚は渚で考えなければいけない事があったし、彼も話しだす様子はない。たまに見かける程度だった青年は、何年生で何組かもわからない。それくらい影の薄い青年だった。  渚が西高校の養護教諭になって初めての冬だった。生徒たちとの関係も良好で、渚と呼び捨てにする生徒もいればなっちゃんとあだ名で呼ぶ生徒もいる。短大を卒業してすぐ赴任した為、年齢が近い生徒たちには我ながら慕われていたと思う。  この一年間で沢山のイベントを共に過ごし、成長を見てきた生徒たちを心の底から可愛いと思っていた。
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