第2章

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 緊急で招集された朝礼で壇上に立つのは校長先生と四十代後半くらいの女性だった。低い身長に緩く束ねられた髪、深く刻まれた笑いじわが優しい雰囲気を印象付けていた。 「橋本先生の代わりに入られる養護教諭の石田先生です。これからよろしくお願いい致しますね」  体育館から聞こえるマイクの音は保健室まで響いていた。段ボールに詰める私物はそう多くは無い。生徒に出す用にいくつか準備していた数種類のお茶の匂いを嗅ぐと、どこか気が休まる気がした。  急遽言い渡されたクビ宣告に成す術は無かった。  一週間前に、謂れのない生徒との”カンケイ”を理由に校長室に呼び出された。PTA会長の息子であり、この辺りでは有名な会社の息子を誘惑した罪。一体何の事かさっぱりわからなかった。けれど証拠写真がいくつも提示されていて、それは私で間違いなかった。  保健室の外からのアングルで撮られた、男子生徒の両頬に手を当てて見つめ合っている写真。・・・泣きそうな生徒にはよくやっていた。後ろから撮られた白衣を脱いで黒いブラジャーが透けてしまっている写真。・・・たまたまだけど、自分の失敗である。それ以外にも私の事を陰から映したような写真が、PTA会長の息子の部屋から見つかったらしい。それを見つけた母親は激怒し、息子を誘惑した若い女教師を辞めさせるように圧力をかけた。  人間関係は良好だったはずなのに、他の先生たちは急激に冷たくなった。居心地の悪い職員室は早々に後にして保健室でほとんどの時間を過ごした。生徒たちは変わらずに無垢な笑顔を向けてくれていた。  そんな日々は一週間で終わりを告げる。辞職を促されて小さく頷いた。校長先生は入りたての新米教諭よりも、自分の地位を優先した。誰に守られる事も無く、相談する事も出来ずに渚の養護教諭人生は終わった。  涙で視界が歪む。悔しい、悔しくて仕方ない。でも、それ以上に自分が不甲斐なかった。自分が蒔いた種だ。そして蒔いた種の芽が出てやっと気付く、間違えた種を蒔いていた事に。たった一年でも大切な一年だった。  自分のデスクとは別に談笑用のテーブルが置いてあり、その上に乗ったノートを手に取った。表紙には”なっちゃんとの交換ノート”と書かれている。全校生徒と私の交換ノート。女生徒の粋な図らいで作られたこのノートにはいろんな思い出がある。 「先生・・・」
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