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「__お願い?」
「そう、俺がいなかったら今頃、渚さんは俺の仲間になっていたはずだよ。捨てる命なら、___俺にちょうだい?」
どうして名前を知っているのかとか、そんなことなど大きな問題ではなかった。目の前の青年が自分を幽霊だと思い込んでいる事が恐ろしかった。青年の足元を見ても透けて見えたりとか、浮いているとかはない。
「俺が幽霊か信じられないって顔してるね」
「ええ、だってこんなにふつう・・・」
青年に手を伸ばすと、意図を汲んだように青年は手を差し伸べてくれた。恐る恐る触れた肌はちゃんと触れた感触がする。まるで”物”に触っているようだった。暖かくも冷たくも無い。柔らかな”物”だった。
「そんな顔しないでよ」
そう言って八重歯を見せる瞳は悲しげに揺れていた。
「ねえ、怒ってるの?」
「怒ってない。けど、どうして私なの?」
公園を出て自宅に帰る途中だった。青年は嬉しそうに後をついてきていて、帰る様子は無いみたいだ。スキップに近いくらいに軽やかな足取りは、しっかりと地面を踏みしめている。
「もちろん、俺が救ってあげた命だから。お返ししてくれてもいいでしょ?」
「___そういうのを有難迷惑って言うのよ」
何時もとは違う道を選んで帰ってきた。25歳の私が高校生の男の子と歩いているところを見られたら困るから。たまにすれ違う人たちは、何も目に入っていないように通り過ぎていく。
「___貴方、他の人に見えるの?」
「見えないよ」
「なんで私には見えるの?」
「一度、”死”という世界に片足突っ込んだからね」
「___理解出来ないけど、わかった」
背中を向けたまま話していた。振り返って話すと、誰か来た時に困るから。だから、彼が今どんな表情をしているかなんてわからない。ただ、暗い雰囲気を感じた。
「ユウだよ。___俺、優っていうんだ」
「優・・・もうすぐ家に着くんだけど、貴方はどうするの?」
後ろにいた気配が動き、隣を通り過ぎて渚の目の前で止まった。くるりと振り返った顔は、太陽のように明るく眩しかった。
「俺、渚から離れらんないんだ。これから、お世話になるよ。四六時中ね」
にっこりと笑う笑顔は無邪気だが、渚の胸中は荒れ模様だった。
・・・し、四六時中!?
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