第1章

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いい夢を見ていた気がする。でも、頭が覚醒するまでの数秒でストンと無くなってしまう記憶。怖い夢なら詳細に覚えているのに、不思議だと思う。  ゆさゆさと揺らされて目覚めると、焦った優の声が聞こえる。 「__よ!おーい、起きないとやばいって」 「・・・」 「もう八時だってば。仕事遅刻するよ!」 「・・・・」 「おー「うるさい!」・・・」  昔から寝起きが悪いのはわかっていた。大きな声をあげてしまってから後悔している。がばっと毛布ごと起き上がった勢いで言ってしまった。目の前には、驚いて大きな目をまん丸にしている優がいる。 「ご、ごめん」  直ぐに表情を元に戻して、何事も無かったように謝ってくる優のほうが私よりもずっと大人だ。 「あっ、ごめん。___仕事の時間はまだだから大丈夫」 「そっか」 「__優は私の名前を知っていたから、私が何の仕事をしているかも知っているの?」 「んーん。知らない」  優の表情を見る限り本当に知らない様子だった。これからどのくらいの間かわからなけれど、共に過ごすならいずれは必ず知られてしまう。ならば早いうちに打ち明けておこうと思った。私が見本のような大人じゃない事を。 「私、今は居酒屋でアルバイトしてるの」 「バイト?」 「そう。二十五歳にもなってバイトで生計を立ててるとか恥ずかしいよね。あはは。ダメな大人だってわかっ「・・・ない」__え?」 「恥ずかしくなんかない」  ベッドサイドに腰かける優の表情は真剣で大人びて見えた。 「恥ずかしい仕事なんて一つも無いよ。キャバクラだってお客さんに夢を与える素敵な仕事だし、コンビニの店員さんだっていないと困る。正社員だとか、アルバイトとか関係ないと思う。働いた事のない俺が言っても説得力ないかもしれないけど」 「・・・」 「俺は渚さんに自分の仕事を、___自分の事をもっと誇りに思って欲しい」  ずっと後ろめたく思っていた。短大を卒業してから正社員として働いていたのはたったの一年間だった。同級生での集まりも近況報告をしなければならないと思うと不参加が続き、今では仲間内に呼ばれる事も無くなっていた。自分が嫌いだった。それに優は気付いていたというのだろうか。  胸が熱くなり、頬を伝うものが涙だと気付いたのは優に頬を拭われた時だった。
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