第二章「森の奥に住む木こりの男の話」

2/7
前へ
/57ページ
次へ
一人の年若い男がいた。 男は、森にある山小屋に住んでいた。 森の木々を切り、薪にする日々。 父親は、彼の刈った枝や薪を燃料として売りさばくために街へ行く。 そのあいだ男はせっせと斧で薪をつくり、食料を買ってくる父を待っていた。 静かな森の穏やかな時間…。 しかしそれは昼までの話だった。 午後から夜のあいだ、男は身を固め恐怖に耳をふさぐ…。 「お前、また薪をキレイに割れなかったな!このロクデナシが!」 殴る拳、蹴られる背中、ぐびぐびと酒を飲む音。 幼少時から続く、酔いにまかせた父親による暴力。 街に行くたびに金は酒に替えられ、家にある食料はわずかなもの。 男は毎日、たった一つのじゃがいもで飢えをしのぎ、また翌日に木を切り倒す。 つらい日々。 ボロの服に傷だらけの体。 しかし、男は出て行かない…いや、出て行けなかった。 母親はとうの昔に死んでいた。 彼を生むと同時に死んでいた。 彼は、父親によって男手一つで育てられた。 そして、幼少時から家事や木こりの仕事を教え込まれた。 …だが、それ以外について。 読み書きや世間のことについても、男はまるで知らなかった。 男にとって、父親とこの森だけが唯一の世界だった。 それ以外のことは知らない。 いや、知ってはいけない。 そう、男は父に教えられてきていた。 子供の頃、たわむれに外の世界について聞いた男は泥酔した父によってひどく殴られた。 そのときの傷は深く、ベッドの上で二日間寝込むまでとなった。 そして、当時少年であった男は誓った。 もう二度と外の世界の事を聞かないこと。 外の世界に興味を持ってはいけないということを…。 そして、彼はただ働いた。 少年から青年になった今でも男はひたすら働き続けた。 外の世界も知らず、読み書きを知る事もなく、ひたすら働かされ続けた。 そして夜に殴られ、蹴られる毎日。 男は思った。 その繰り返しの日々こそが、自分の全てでしかないのだと…。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加