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…あ。
それを見つけた瞬間、男は歩みを止めた。
それは、一つの傷。
巨木の幹に大きく引かれた一本の線。
『…いいか、おまえ。これ以上進んでみろ?今度はこれくらいじゃすまねえぞ?』
それは、父親の言葉。
道の向こうへと行こうとした、当時少年だった男に対し向けられた言葉…。
『この傷は、目印だ。お前が今後この場所から出ないという誓いだ。これを破ったら
…次はこの木の下にお前を埋めてやる。』
殴られた腹の痛み、腫れ上がった頬。傷む背中。
痛みと苦しみのために忘れようとつとめた記憶。
夜気の中、むっとする草の匂い。
地面に倒れ込んで父の話を聞く、悪夢のような時間…。
ランタン片手に酒を飲むと、父親は当時少年だった男に吐き捨てるようにして言った。
『…ったく、俺がちゃんと面倒見てやんねえとなぁ。お前はこの先無事に
生きられねえんだよ。世の中、そういう風にできているんだ…。』
そう言って、父親はさらにぐびぐびと酒を飲む。
『おめえは自分がこの道の先に行けば、何かが変わるとか思っていたようだが…
それは違う。お前ができる事は何も無い。お前の人生を俺は誰より見てきたが、
お前には機転も学も力もねえ…まあ俺がそういう風に育ててきたせいだけどな…。』
そう言って、父親はくつくつと笑う。
そして、当時少年だった男の前髪をつかむと父親は酒臭い息を吐いてこう言った。
『あきらめな。この先何もねえ。あるのは、闇と、絶望だけだ…。』
そう父親はつぶやくと、当時少年だった男を傷だらけの男を…父親は地面に落とした。
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