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葛西は珈琲を飲み干し、椅子から腰を上げると名刺を一枚カウンターへ置いた。
「よかったら幸さんに渡してください」
ジンジャーは印字された文字に目を伏せた。
「いいのか? これを渡せば、幸はお前がこの喫茶店へ来たってことを知る。現実離れした場所だ。お前の生活に弊害が出るかもしれん」
葛西はゆっくりと名刺を指さした。
「それが幸さんに渡るということは彼女もここへ来たということです。共有しているのなら大丈夫ですよ。幸さんも俺も不幸にはなりえません」
唇を伸ばした男にジンジャーも習う。
なんだコイツ、笑えばやさしい顔になるじゃないか、と。
「そろそろクロを迎えに行ってきます。あなたと話ができてよかったです」
軽く頭を下げ、葛西がカウンターから離れていく。
ジンジャーは葛西の背中に向けていた視線を前へと移動させ、肩を跳ねさせた。
カウンターの中に見知らぬ男がいた。
「うちの珈琲はお口に合いましたか?」
男の声は幸の部屋で聞いた声と同じだった。
「店長さんか?」
「はい」
ジンジャーは唾を飲み込み、色素の薄い男の顔を見つめた。
「幸と話がしたい」
「かしこまりました」
彼はそう言っただけで何かをしようとする素振りすらしない。
だが、クロは店長に幸を招くことを言えと言い、葛西は幸がここへ来ることは当然のように振る舞った。
待つしかないのだ、とジンジャーは冷めた珈琲を啜った。
ほどなくして店長が笑みを強くした。
「いらっしゃったみたいですよ」
振り向いたそこに幸がいた。
「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」
店長が戸惑う幸をジンジャーの横へと誘う。
幸はジンジャーとの間に一つ席を空け、座った。
「素敵なお店ですね。この町にこんな喫茶店があるの知りませんでした」
店長が微笑みながらメニューを幸へと手渡す。
「そちらの方があなたと話したいとご予約されたんですよ」
店長の視線を追って幸がジンジャーを見る。
その目が大きく見開き、揺れた。
「お父さ……ん?」
幸にそう呼ばれ、ジンジャーの体内に熱いものが押し寄せる。
セピア色の思い出。
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