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ジンジャーは……、中川圭太は妻の出産に立ち会うことができなかった。
当時、圭太はある女性の身辺を探っていた。
結婚前に女に落ち度がないか確認したいという男性側からの依頼だった。
女はクリアだった。
悪かったのは彼女の兄の方。
圭太は早期にこの依頼に決着をつけようとある程度のところで依頼主に伝えた。
依頼主に女に落ち度はないこと、しかし、家族に難があること。
後者にいたっては相手から質問を受けたが、立ち入れないということを強調した。
依頼者とわかれたときには妻は出産を終えていた。
圭太は病院へ向かうため、タクシー乗り場へと駆けた。
途中、ショーウインドウの黄色いクマが目にとまる。
圭太は店でそのクマをプレゼント用に包んでもらい、もう一度、タクシー乗り場へと走った。
あと少しで乗り場へ到着するところだった。
横断歩道。
信号は青。
横から聞こえた轟音と与えられる衝撃。
プレゼントはへちゃけ、中身のクマが飛び出る。
圭太は転がったクマの手を握りしめた。
血が繊維の奥へと染みこんでいく。
死にたくないという圭太の思いと一緒に。
「すみません。亡くなった父によく似ていたので、つい」
申し訳なさそうに俯く彼女に圭太は我に返った。
視線を感じ、カウンター内を見ると店長が微笑みながら頷く。
圭太は苦心して笑顔を作った。
「謝らなくていい。俺は君の父親だ」
そして、呼びたくてしかたがなかった名前を口にする。
幸、と。
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