そこでしか話せない~インターバル~

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 そいつは部屋がどんなに汚くてもなじることすらしない。  そればかりか、ちょっとしたことで幸を殴る。  味噌汁が冷たい。  言い方が気にくわない。  ジンジャーは思う。  この体が動くなら蹴り倒していた、と。  この口が動くならどなり散らしていた、と。  けど、そんなこと、ぬいぐるみのジンジャーには夢のまた夢。  どうして、おれは人じゃないんだろう?  人だったら、幸を抱きしめられた。  人だったら、自分の思いを彼女に伝えられた。 「なら、人になってみますか?」  誰もいない部屋で若い男の声が響く。  ジンジャーは応える。  成れるものなら成りたい。  人に成って、幸を守りたい。  どんなものでも差し出す。  だから、お願いだ。  おれを人にしてくれ!  願いは叶った。  丸まっていた手足は枝のようにわかれた人の指になり、開かなかった口はぱくぱくと開閉できる。しかも、初めから歩くこともしゃべることもカスタマイズされており、ジンジャーは習得期間を経ずにそれらを操れた。  ジンジャーは人に成れたのだ。  だが、場所は洋風の喫茶店。  幸はいない。  そして最悪なことに。 「このドアはどうして開かんのだ?」  ジンジャーは透明のドアに貼りつき、真っ暗な外を見つめた。 「お客様、落ち着いてください。温かい珈琲でもいかがですか?」  背後から、青年が声をかけてくる。  幸の部屋でジンジャーに話しかけてきた男の声とは違う。 「そんなもの、いらん! 俺をここから出せ!」  ドアを何度も叩く。 「おれは幸のところへ行かなければいけないんだ!」 「落ち着いてください!」  ドアを無理矢理開けようとするジンジャーを青年は羽交い締めにした。 「ここから出たら、ぬいぐるみに戻ってしまいますよ」 「は?」  振り向いたそこに黒髪の青年。  目の色が左右で違う。  右は黄色、左は水色。
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