2人が本棚に入れています
本棚に追加
そいつは部屋がどんなに汚くてもなじることすらしない。
そればかりか、ちょっとしたことで幸を殴る。
味噌汁が冷たい。
言い方が気にくわない。
ジンジャーは思う。
この体が動くなら蹴り倒していた、と。
この口が動くならどなり散らしていた、と。
けど、そんなこと、ぬいぐるみのジンジャーには夢のまた夢。
どうして、おれは人じゃないんだろう?
人だったら、幸を抱きしめられた。
人だったら、自分の思いを彼女に伝えられた。
「なら、人になってみますか?」
誰もいない部屋で若い男の声が響く。
ジンジャーは応える。
成れるものなら成りたい。
人に成って、幸を守りたい。
どんなものでも差し出す。
だから、お願いだ。
おれを人にしてくれ!
願いは叶った。
丸まっていた手足は枝のようにわかれた人の指になり、開かなかった口はぱくぱくと開閉できる。しかも、初めから歩くこともしゃべることもカスタマイズされており、ジンジャーは習得期間を経ずにそれらを操れた。
ジンジャーは人に成れたのだ。
だが、場所は洋風の喫茶店。
幸はいない。
そして最悪なことに。
「このドアはどうして開かんのだ?」
ジンジャーは透明のドアに貼りつき、真っ暗な外を見つめた。
「お客様、落ち着いてください。温かい珈琲でもいかがですか?」
背後から、青年が声をかけてくる。
幸の部屋でジンジャーに話しかけてきた男の声とは違う。
「そんなもの、いらん! 俺をここから出せ!」
ドアを何度も叩く。
「おれは幸のところへ行かなければいけないんだ!」
「落ち着いてください!」
ドアを無理矢理開けようとするジンジャーを青年は羽交い締めにした。
「ここから出たら、ぬいぐるみに戻ってしまいますよ」
「は?」
振り向いたそこに黒髪の青年。
目の色が左右で違う。
右は黄色、左は水色。
最初のコメントを投稿しよう!