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「で? お友達は最低野郎に何をされているんですか?」
「……暴力を振るわれている」
声を抑えて事実だけを伝える。
クロは顔色を変え、葛西はぴくりと眉を動かした。
「お前達は知っているみたいだが、おれはぬいぐるみだ。どれだけ彼女が叩かれ殴られても手も口も出せやしない。あの子は自分が悪いんだと言っていた。自分がかわいくないから、自分がのろいから……。好かれたら何をしてもいいのか? ふざけるなっ」
怒りと悲しみで拳が震える。
もわっと黒い煙がジンジャーの体から染み出す。
「ジンジャーさん! 何か食べますか? カレーライス仕込んであるんです!」
クロは慌て、葛西は遠い目をした。
わたわたとクロが食器を取り出し、オタマで鍋のカレーをかき混ぜる。
「智也さんも」
「俺は後でゆっくりもらう」
「そうですか……。じゃ、じゃあ、ジンジャーさんの分だけよそいますね!」
「おれは幸に笑っていて欲しいんだ……」
ジンジャーは煙の出る拳を擦った。
「早くに父親を亡くし、母親は仕事仕事で甘えることができなかった。もちろん、そういう子どもは幸だけじゃないのかもしれない。だけど、おれが出会ったのは彼女だ。ずっと彼女を見てきた。幸せになって欲しいんだ」
この煙が出尽くせば、自分はこの世界から消えてしまうような気がした。
ジンジャーはぬいぐるみだ。
寿命なんてない。
けど、このとき、ジンジャーは自分にも人と同様に最期があるのだと思った。
ぬいぐるみである自分の終わりとはいったい何だろう?
ただ、幸の前から去らなければいけないことは確実。
その日が来る前になんとか彼女のおかれている状況を変えてやりたい。
ジンジャーは撫でるのをやめ、拳を強く握りしめた。
クロはオタマを掴んでいた手を下げ、唇を噛んだ。
息を吸い込み、眼差しをきつくする。
「ジンジャーさん、店長が来たら、幸さんをここへ招きたいと伝えてください。幸さんと話せば道が切り開けるかもしれません」
「そうかもしれないが、店長はいつ来る? 今も、幸は暴力に泣いているかもしれないんだ」
「心配いりません! オレが行きます! ジンジャーさんが幸さんと話せるまでオレが彼女を守ります!」
決意を示す青年に葛西が静かに項垂れた。
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